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第一章

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 ついでに言えば、この国ではレーヴァンが私の婚約者なので今夜は非常に肩身が狭い。

「私がエール王国にいる時は、クレイグのお友達からの意地悪なんてこんなものじゃないから。たまには嫌われる体験もいいものよね」

「くっ、君も言うね」

 口角を少し上げたクレイグが、私をくるりと回す。さすがにクレイグのリードは完璧で踊り慣れているのがわかる。普段は私とあまり踊らないのに、やっぱり女性にモテる男は違うということか。

「次の夜会では、私が男性役をしてもよろしくてよ、クレイグ」

 冗談交じりに言うと、「殿下が本気にするからやめてくれ」と言う。滞在中の一週間、外交を兼ねて他の夜会にも招待されているのだ。

「クレイグ、ちょっと疲れたから飲み物をとってくるわ」

 ダンスが終わると私はドリンクコーナーへ向かった。ここからが外交本番でもある殿下は、既に大臣たちと話し込んでいる。クレイグもきっと重要な人たちと話がしたいだろう、と思って気を遣ったけれど。

「いや、私がとってくるよ」

 そういってスッとドリンクを持って来たクレイグは、その手にスパークリング・ワインを持っていた。

「クローディア、誕生日おめでとう。本来なら今夜は、二人っきりでお祝いしたかったけれど」

 そう、なんと私の誕生日は今夜の舞踏会と重なってしまったのだ。さすがに国事を欠席するわけにはいかない。今朝は早くから調印式もあり、ゆっくりと誕生日を祝う暇もなかった。

 というかすっかり忘れていた。

「あ、ありがとう。私、自分の誕生日を忘れていたわ」

「では、大人になった君に。飲めるかな? 口当たりの良さそうなものを選んだつもりだけど」

 乾杯、とグラスを掲げて口に含む。シュワっとした飲み口は炭酸水に似ているけれど、アルコールも入っているので濃厚な香りがする。

 ゴクン、と飲んだ私は初めてのアルコールに感動を覚えた。そうか、これがお酒なのか。

「クレイグ、私はじめて飲んだわ。スパークリング・ワイン」

「では、飲みすぎないように。君は大胆すぎるところがあるからね」

 目を細めて私を優しく見つめた彼は、私の耳元で囁いた。

「で、クローディア。そろそろ君の父上を紹介してほしいのだけど」

「え? なんで?」

 思わず驚いてクレイグの顔を見てしまう。けれど彼は彼で「なぜ?」という顔をしていた。

「ディア、君の父親ということは、結婚すると私の義理の父上になる。挨拶するのは当たり前だろう。込み入った話もしたい」

「あ、結婚……そうよね」

 よく考えてみれば当然のことなのに、私はすっかり失念していた。クレイグがエール王国に来た一番の目的、会いたい人というのはレーヴァンではなく私の父のことだった。

「ええっと、どこにいるのかな」

 これだけの大きな舞踏会に父が来ていないことはあり得ない。けれど、先ほどから探しているのだけど姿をみていない。もしかして、私のドレス姿を見るのが嫌で逃げたのかもしれない。

「チッ、逃げたかも」

 舌打ちすると、それを見たクレイグはまた大きなため息をついた。

「ディア、その姿で舌打ちするのはよくない。君は今、淑女なんだからね」

 思わず説教されてしまう。こうしたところはレーヴァンと似ているけど、ちょっと勘弁してほしいなぁ。と思いつつ、父を探すけれどやはり姿が見えない。

「ええっと、今夜会えなくても、必ず会えるように連絡するから」

「あぁ、今夜はこれだけ騒がしいからな。後日改めて挨拶したい」

 やはりクレイグは私と違って、大人の男性だ。私は今日で成人になるけれど、まだまだ親の顔色を見てしまう。今回、初めて自分の意見を通してきたけれど、それもかなりの勇気が必要だった。

 でも、もう私は自分で決める年齢になったのだ。二人の婚約者問題も、いわば親の喧嘩の延長に起きてしまった問題だけど、私が解決しなくてはいけない。

 といいつつも、王都にレーヴァンがいなくてよかった。まだ心を決めかねている私はホッとして油断していた。

 卒業まではまだ時間があるから……、といった安心感は次の瞬間、彼の声を聴いて終わりを告げた。

「ここにいたのか」

 それは地を這うように低いレーヴァンの声だった。

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