婚約破棄はまだ早い?男装令嬢、でも乙女!それは密かな二重婚約 〜幼馴染の純情騎士も、腹黒な美形商人も、どっちも素敵で選べませんっ!~

季邑 えり

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第一章

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「サーシャ様、不愛想な男ですがブリス学園のレーヴァン指導官です」

 少し時間ができたとレオンに言うと、早速サーシャ嬢を紹介してくれた。

「はじめまして。サーシャ・ウィドウです」
「どうも、俺はレーヴァン・グランストレームです。忙しいところすみませんが、レオンが言うにはあなたがこの辺りのお店について詳しいと聞いたもので」

 サーシャ嬢は俺をその大きな紫の瞳で見上げてきた。確かに、レオンの言う「マドンナ」に相応しい美女だ。どうやらクローディアと同じ年のようだが、彼女より落ち着きがあるせいか年上に見える。

 彼女は俺を見てはっと顔を強張らせた。どうしても、上背があるから女性を怖がらせてしまったのかもしれない。俺はなるべく笑顔を心掛けて彼女に話しかけた。

「髪飾りか、何か女性の喜ぶような飾り物を探しているのですが、いいお店があれば教えてもらえますか?」
「まぁ、女性にですか? でしたら大通りにいい店がありますわ」

 彼女は小さな声で、だが俺の目をしっかりと見て答えてくれた。さらに、用事があるからその店まで案内してくれると言う。

「それは、助かります。俺は何度もこっちに来ているのに、街の方に行ったことは少なくて」
「でも、女性用の宝飾品でしたら王都の方が種類もあるのでは?」

「あぁ、もうすぐ俺の婚約者の誕生日が近いので、何かないかと思って。出来ればこの地方のものが手に入ると嬉しいです。俺の婚約者は、ちょっと変わっているので綺麗なものというより、珍しいものの方が好きで」
「婚約者の方ですか。それでしたらやはり、あのお店ですわ」

 彼女は見かけ通りにしっかりしていて、てきぱきと指示をだして早速馬車を手配し、出かける準備を終えてしまった。

「レーヴァン指導官、俺は今から訓練に参加しないといけないので失礼します。あ、サーシャ様、指導官はこうみえて婚約者にぞっこんなのにプロポーズもしていないヘタレなんですよ、どうか女性の心ってやつを指導してください!」

 レオンはそういい捨てると、走り去ってしまった。ふとサーシャ嬢をみると、レオンの言葉を聞いてクスクスと笑っている。

「ふふふっ、レーヴァン様は純情な方なのですね」
「いや、そういうわけでは……」

 俺は頭をかきながら、恥ずかしさを誤魔化した。

「いえ、お噂を聞いたことがあったのですが、実際とは違ったので驚いています。赤髪のレーヴァン様、ですよね?」

 確かに最近俺は腕を上げ赤髪のレーヴァンと呼ばれている。大剣を扱う俺の赤髪はよく目立つ。

「そう呼ばれることもありますが、噂になっていたとは」
「えぇ、父も褒めておりましたよ。あ、馬車が来たようです。さぁ参りましょうか」

 サーシャ嬢の乗った馬車の後ろを馬に乗って後ろをついていくと、街の中心部にある大通りに着いた。店構えをみるとかなり大きくて立派なところだ。

「サーシャ嬢、こちらがその店ですか?」
「はい、私も懇意にしていますのでご紹介しますね」
「ありがとうございます。こうした店は不慣れなので助かります」

 彼女は店に入ると店員に声をかける。流石に領主の娘を知らない者はいないのか、オーナーらしき男性が慌てた様子で奥から飛び出してきた。

「サーシャ様、ご用件がありましたら私どもがお城まで参りましたのに、足を運んでくださりありがとうございます」

 オーナーの男性は丁寧に頭を下げる様子をみると、どうやら領主とも懇意にしているようだ。

「いえ、今日はご紹介したい騎士様がいらっしゃるの。グランストレーム様、こちらがお店のオーナーなので何でも聞いてくださいね。いつも素敵なものを紹介してくださるのよ」

 そうしてサーシャ嬢は俺を紹介すると「ではまた後ほど」と言ってサッと別のフロアに行ってしまう。俺が選びやすいように、気を遣ってくれたのだろう。

「不慣れですが、よろしくお願いします」

 俺はオーナーと話しながら、店にある商品の中からクローディアの瞳の色を探す。どうせ贈るのなら、彼女の美しい瞳の色がいい。だが、オーナーの意見は少し違っていた。

「グランストレーム様、婚約者の方に贈られるのでしたら、その方の瞳の色というよりも、殿方の色を思い起こさせるものの方が記念になるものですよ」

「俺の色、か? そうなのか?」

 宝飾品については全くわからない。確かに、言われてみればクローディアが俺の色をつけていたら嬉しいかもしれない。

「はい、こちらの赤い宝石はグランストレーム様の髪の色ですし、こちらのグレーの石は瞳の色に似ていますね」

 オーナーが紹介してくれたものはどれも立派なつくりをしていた。だが、夜会でドレスを着ることのないクローディアには似合いそうにない。

「オーナー、彼女は女騎士を目指している。だから、動いても邪魔にならないものの方がいいのだが」

 説明すると、今度はピアスを見せてくれた。確かにこれなら普段から身に着けていても邪魔にはならないだろう。

 俺は紹介してくれた赤い石のピアスに決めると、ふと紫色の大振りのブローチが目に入る。その紫はクローディアの瞳のブルーラベンダーを思い起こさせるものだった。

「オーナー、こちらもできれば包んでもらえないだろうか」
「おお、こちらのブローチですか。でしたら裏側にメッセージを彫ることができますが、いかがでしょうか。出来上がりましたら、お城の方へお届けさせていただきます。それほどお時間もかかりません」
「そうか、それも記念になるか。ではそうしてくれ」

 俺は言われるがまま、メッセージを彫ってもらうことにする。少し照れ臭いが、レーヴァンから愛を込めて、と注文する。普段、言葉では伝えることは難しいが、これなら渡すことができそうだ。

 俺はその紫色がクローディアだけでなく、サーシャ嬢も同じ瞳の色をしていることに気がついていなかった。メッセージの中にクローディアへ、と名前を彫ることも忘れてしまっていた。


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