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第一章
1-2
しおりを挟む「クローディア、これからあなたは二つの国で生きるのよ」
離婚した父と母は二人とも公爵位を継ぐ身であり、母に至っては王位継承権まである。
二つの国をつなぐ政略結婚をひっくり返したのは、自由奔放な母だった。
いわば王命で結婚したけれど、母が堅物すぎる父に我慢ができなくなったのだ。
父はブリス王国の武官を代表するルートザシャ公爵家の嫡男、母はエール王国のシュテファーニエ公爵の一人娘。
どちらも王族に近い血筋で、二人から生まれた子ども達が将来はそれぞれの国の爵位と領地を引き継ぐはずだった。
なのに、生まれたのは娘の私一人だけ。
その私を取り合った父と母はなぜか、それぞれの国で婚約者を用意して冷戦状態となる。
結局、私が十八歳を過ぎたらどちらかの婚約者を選び、結婚して領地を受け継ぐ。
そんなことで落ち着いた。
両親は落ち着いたって、落ち着かないのは私だ。
ついでに言えば、私は一年の三分の二は父の国で過ごし、もう三分の一は母の国で過ごしながら育つことになる。
そして婚約者がそれぞれの国にいることは、極力秘密にしていた。
婚約解消した時に面倒が残らないようにという配慮だったけれど、結局父も母も面倒だったのだ。
離婚した相手と交渉するのが。
父の方のブリス王国に滞在が長いのは、単にこちらの学校に通うことになったから。
父は代々、宮廷騎士団に名を連ねる騎士を輩出する公爵家の嫡男であり、自身も若い頃は騎士として活躍していた。そのことを誇りに思い、娘の私にも女騎士になれと言った。
幼い頃の私は、跡取りになる弟さえいれば苦しい訓練を受けずに済むと思ったけれど、周囲がどれだけ再婚を勧めても堅物の父の意思は固かった。
もう結婚はこりごりだと言って父は騎士団に身を置き、今は教官として勤めている。
その父に幼い頃から手ほどきを受けた私は、幸いなことに運動神経は良くブリス学園の騎士科に入学した。
そして父は精神を強くするためと言って、私に男装することを命じていた。
「お父様、私はドレスを着なくてもいいのですか?」
「お前は将来、騎士になるのだから、それでいい」
私はいつも、父の国にいる時はトラウザーズにブラウス、時にベストを着て男装をした。
周囲は私が女性であることを知っているけれど、父が頑固なことも知っている。
そのため、私が舞踏会に騎士姿で出席しても誰も何も言わなくなった。
ラベンダー色の髪に、ブルーラベンダーの瞳をした私。
端正な父と、喋らなければ傾国の美女と称えられた母の間に生まれた私の容姿は人並み以上に整っていた。
よって、男装した私は大変な人気を得ていた。
……主に、女性に。そう、若く麗しいお嬢さま方に大変モテている。
「クッ、クローディアお姉さま!今夜こそ、今夜こそ私と踊ってくださいませ!」
お姉さまって貴方、確か私よりも年上だったような……
心の声を顔には出さないようにして微笑む。
「いいえっ、私の方が先ですわっ! 貴方、先日の夜会でも踊っていただいたでしょう? 今夜は私が先ですわっ!」
そういう貴方とも、先日踊ったような気がするのだけど……
夜会に行けば、私の周囲は着飾った女性陣に囲まれる。
どれだけ見目麗しい貴公子がいたとしても、私ほど女性の注目を集めることはできない。
女性だけど、騎士姿で男性パートを踊る私はモテにモテた。
「私の可愛い子猫ちゃんたち。大丈夫、夜は長いから。さぁダンスカードに名前を書いて」
私がにっこりと微笑むと、それだけで女性陣からはため息が漏れた。
手の甲に口づければ、ある令嬢は気を失ったほどだ。
正直なことを言えば、女性達にモテモテのこの状況を私は楽しんでいる。
幼い頃は嫌々していた男装だが、今となっては動きやすく、コルセットで締め付ける必要もない。
ついでに私を憧れの目で見つめてくるご令嬢たちはとても可愛い。
「相変わらずだな、クローディア」
「レーヴァン、来ていたの? あれ、今夜は仕事なの?」
「まぁ、な。警備に呼ばれている。お前もお嬢さま相手のダンスもほどほどにしておけよ」
宮廷騎士団に所属する騎士となったレーヴァンは、夜会の警備に呼ばれることがある。
すらりとした長身の彼は、今夜は赤い短髪を後ろに流していた。
整った鼻梁に涼し気な目元の精悍な彼は、騎士団の中でも抜群の美貌の騎士となっていた。
そして私をやさしく見守る、兄のような存在である。
騎士となるための毎日の鍛錬は厳しいが、私は武官を輩出する公爵家の跡取り娘。
ここ、ブリス王国にいる時の私は、身も心も騎士となるべく日々を過ごしていた。
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