婚約破棄はまだ早い?男装令嬢、でも乙女!それは密かな二重婚約 〜幼馴染の純情騎士も、腹黒な美形商人も、どっちも素敵で選べませんっ!~

季邑 えり

文字の大きさ
上 下
2 / 88
第一章

1-2

しおりを挟む

「クローディア、これからあなたは二つの国で生きるのよ」

 離婚した父と母は二人とも公爵位を継ぐ身であり、母に至っては王位継承権まである。
 二つの国をつなぐ政略結婚をひっくり返したのは、自由奔放な母だった。

 いわば王命で結婚したけれど、母が堅物すぎる父に我慢ができなくなったのだ。

 父はブリス王国の武官を代表するルートザシャ公爵家の嫡男、母はエール王国のシュテファーニエ公爵の一人娘。

 どちらも王族に近い血筋で、二人から生まれた子ども達が将来はそれぞれの国の爵位と領地を引き継ぐはずだった。

 なのに、生まれたのは娘の私一人だけ。

 その私を取り合った父と母はなぜか、それぞれの国で婚約者を用意して冷戦状態となる。
 結局、私が十八歳を過ぎたらどちらかの婚約者を選び、結婚して領地を受け継ぐ。
 そんなことで落ち着いた。

 両親は落ち着いたって、落ち着かないのは私だ。
 ついでに言えば、私は一年の三分の二は父の国で過ごし、もう三分の一は母の国で過ごしながら育つことになる。

 そして婚約者がそれぞれの国にいることは、極力秘密にしていた。
 婚約解消した時に面倒が残らないようにという配慮だったけれど、結局父も母も面倒だったのだ。
 離婚した相手と交渉するのが。

 父の方のブリス王国に滞在が長いのは、単にこちらの学校に通うことになったから。
 父は代々、宮廷騎士団に名を連ねる騎士を輩出する公爵家の嫡男であり、自身も若い頃は騎士として活躍していた。そのことを誇りに思い、娘の私にも女騎士になれと言った。

 幼い頃の私は、跡取りになる弟さえいれば苦しい訓練を受けずに済むと思ったけれど、周囲がどれだけ再婚を勧めても堅物の父の意思は固かった。
 もう結婚はこりごりだと言って父は騎士団に身を置き、今は教官として勤めている。

 その父に幼い頃から手ほどきを受けた私は、幸いなことに運動神経は良くブリス学園の騎士科に入学した。
 そして父は精神を強くするためと言って、私に男装することを命じていた。

「お父様、私はドレスを着なくてもいいのですか?」

「お前は将来、騎士になるのだから、それでいい」

 私はいつも、父の国にいる時はトラウザーズにブラウス、時にベストを着て男装をした。
 周囲は私が女性であることを知っているけれど、父が頑固なことも知っている。
 そのため、私が舞踏会に騎士姿で出席しても誰も何も言わなくなった。

 ラベンダー色の髪に、ブルーラベンダーの瞳をした私。
 端正な父と、喋らなければ傾国の美女と称えられた母の間に生まれた私の容姿は人並み以上に整っていた。

 よって、男装した私は大変な人気を得ていた。
 ……主に、女性に。そう、若く麗しいお嬢さま方に大変モテている。

「クッ、クローディアお姉さま!今夜こそ、今夜こそ私と踊ってくださいませ!」

 お姉さまって貴方、確か私よりも年上だったような……

 心の声を顔には出さないようにして微笑む。

「いいえっ、私の方が先ですわっ! 貴方、先日の夜会でも踊っていただいたでしょう? 今夜は私が先ですわっ!」

 そういう貴方とも、先日踊ったような気がするのだけど……

 夜会に行けば、私の周囲は着飾った女性陣に囲まれる。
 どれだけ見目麗しい貴公子がいたとしても、私ほど女性の注目を集めることはできない。
 女性だけど、騎士姿で男性パートを踊る私はモテにモテた。

「私の可愛い子猫ちゃんたち。大丈夫、夜は長いから。さぁダンスカードに名前を書いて」

 私がにっこりと微笑むと、それだけで女性陣からはため息が漏れた。
 手の甲に口づければ、ある令嬢は気を失ったほどだ。

 正直なことを言えば、女性達にモテモテのこの状況を私は楽しんでいる。
 幼い頃は嫌々していた男装だが、今となっては動きやすく、コルセットで締め付ける必要もない。
 ついでに私を憧れの目で見つめてくるご令嬢たちはとても可愛い。

「相変わらずだな、クローディア」

「レーヴァン、来ていたの? あれ、今夜は仕事なの?」

「まぁ、な。警備に呼ばれている。お前もお嬢さま相手のダンスもほどほどにしておけよ」

 宮廷騎士団に所属する騎士となったレーヴァンは、夜会の警備に呼ばれることがある。
 すらりとした長身の彼は、今夜は赤い短髪を後ろに流していた。
 整った鼻梁に涼し気な目元の精悍な彼は、騎士団の中でも抜群の美貌の騎士となっていた。

 そして私をやさしく見守る、兄のような存在である。 

 騎士となるための毎日の鍛錬は厳しいが、私は武官を輩出する公爵家の跡取り娘。
 ここ、ブリス王国にいる時の私は、身も心も騎士となるべく日々を過ごしていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】サキュバスでもいいの?

月狂 紫乃/月狂 四郎
恋愛
【第18回恋愛小説大賞参加作品】 勇者のもとへハニートラップ要員として送り込まれたサキュバスのメルがイケメン魔王のゾルムディアと勇者アルフォンソ・ツクモの間で揺れる話です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...