58 / 61
第三章
3-7
しおりを挟む(はっ、お、おかしい! 何がって、何故私は)
数日間の記憶が曖昧になっている。何故なら目まぐるしく時が過ぎて、一つ一つを整理して考えることが出来ていない。
いや、考えられないように、忙しなくされているの、かもしれない。
だって、だって、今日は。
「なんで私とウィルストン殿下の婚約式なのーー!」
花の都でのお祭りの前夜、居酒屋で食事をした。エールを飲んだ、そこまでは覚えている。
明日はお祭りだから、と、楽しみにしていた。まさかその日の夜に、王宮から迎えが来て、酔っているのに馬車に乗せられた。
なんでも、ウィルストン殿下が陛下に呼ばれたため、急遽王宮に戻ることになったと馬車の中で説明された。
それなら私はお祭りの後に帰るから、置いて行ってくれたら良かったのに。殿下は私を離してくれなかった。
(うー、ロマンチックに告白したかったのに)
そう、私はお祭りの日にウィルティム様に恋人期間の終了と、ウィルストン殿下の婚約を喜んで受けると答えたかったのだ。
その為に、用意したのに。異世界風パンツ。
(ぐすっ、まぁ結局はこうなることはわかっていたからいいけど。いいんだけど!)
今夜の王宮での舞踏会で、ウィルストン殿下と私、リアリム・ミンストンの婚約が発表される。招待客の前で宣誓書に署名するのだ。
今朝から身体を隅々まで洗われて、コルセットを死ぬほどきつく絞られて、このドレスを着ている。もう、値段とかいろいろと考えるのは止めておこう。銀色のボール・ガウン・ドレスは、肩口が出ていていろいろと心もとない。
けれどお椀型のバストも綺麗におさまって、デコルテに輝くアメジストのネックレスが美しい。
「まさしく、殿下の色よね」
今日は殿下も正装をしている。黒の燕尾には銀色の刺繍が至る所に刺されている。トラウザーズも同色で、ウィルストン殿下の長身の体躯に合わせて仕立てられていた。本来であれば白のタイを、私の髪の色であるピンクに合わせて、薄い桃色にしている。
入場するための待機場で、久しぶりに顔を合わせた。
「殿下、素敵」
「リア、今日は輝く妖精だね。綺麗だよ、誰よりも」
腰をかがめて、額にキスを落とす。唇にはもう輝くような紅を指してあるから、落とすわけにはいかない。
「リア、こんなにもなし崩し的に婚約式になってしまって、ゴメンよ」
手袋越しに、頬に触れる殿下の紫の瞳が揺れている。それはそうだろう、私はこの婚約式に出席することを了解した覚えがない。
ただ、これほど慌ただしく私たちが婚約することになった原因は、私にもあった。
攫われた事件の犯人が、やはりスコット公爵令嬢のイザベラ様だったのだ。彼女一人の犯行だったため、幸いにもプロの暗殺集団などではなく、街のごろつき程度への依頼となった。
あの男は結局、禁固刑となった。そしてあの日、男をおじさん、と呼んだ少年も捕らえられたが、保護者である男の命令に背くことなどできない。
微力ながら私を助けたこともあり、少年院のような、更生施設を兼ねている場所へ送られたと聞く。
問題は、イザベラ様だった。決定的な証拠がなく、もとはといえば高位貴族令嬢の嫉妬ともいえる行いに、厳罰を科すことができない。
けれど、ウィルストン殿下の怒りは収まらず、彼の意見で彼女はなんと異国の王様の側室として送り出されることになった。
私はイザベラ様に、遠方の、それも側室として嫁ぐようなことを望まなかったのだけど、ウィルストン殿下はとにかく、彼女が私の瞳に映ることのないようにしたかったようだ。
「全く、リアにしたことを思えば、もっとこう、いろいろとしたかったのだが」
「ウィル、お願い。もう十分だよ。急に決まって、すぐに出国したんでしょ、」
そうなのだ、あのイザベラ様はもう既にこの国にいない。まるで攫われたように行ってしまわれた。
「まぁ、あの国の王には、何人もの側室がいるが外に出ることは許されないようだ。その中で寵愛を得るのも、あの性格では難しいだろう。まぁ、それで良しとした」
ウィルストン殿下はそう言うけれど、あの性格だからこそ、イザベラ様は側室の中でも苛烈に生き抜いてしまうのでは。と思ったけれど、それを口にするのは止めておいた。
イザベラ様は何と言っても公爵令嬢だ。送り出すためにウィルストン殿下も陛下と交渉が必要となり、王である陛下からはある条件が言い渡された。
ウィルストン第一王子も早急に婚約し、1年以内に結婚すること、という条件だった。
陛下としては、いつまでも婚約もしない第一王子にヤキモキしていたし、殿下は私と早く婚約したかった。というわけで、いろいろとすっ飛ばして今夜の婚約式となったわけである。
「さぁ、リア、行こう。私たちの婚約式だよ」
エスコートしてくれる殿下の腕に、そっと手を添える。もう、逃げないと覚悟を決めたのだ。
10
お気に入りに追加
692
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】人生で一番幸せになる日 ~『災い』だと虐げられた少女は、嫁ぎ先で冷血公爵様から溺愛されて強くなる~
八重
恋愛
【全32話+番外編】
「過去を、後ろを見るのはやめます。今を、そして私を大切に思ってくださっている皆さんのことを思いたい!」
伯爵家の長女シャルロッテ・ヴェーデルは、「生まれると災いをもたらす」と一族で信じられている『金色の目』を持つ少女。生まれたその日から、屋敷には入れてもらえず、父、母、妹にも虐げられて、一人ボロボロの「離れ」で暮らす。
ある日、シャルロッテに『冷血公爵』として知られるエルヴィン・アイヒベルク公爵から、なぜか婚約の申し込みがくる。家族は「災い」であるシャルロッテを追い出すのにちょうどいい口実ができたと、彼女を18歳の誕生日に嫁がせた。
しかし、『冷血公爵』とは裏腹なエルヴィンの優しく愛情深い素顔と婚約の理由を知り、シャルロッテは彼に恩返しするため努力していく。
そして、一族の中で信じられている『金色の目』の話には、実は続きがあって……。
マナーも愛も知らないシャルロッテが「夫のために役に立ちたい!」と努力を重ねて、幸せを掴むお話。
※引き下げにより、書籍版1、2巻の内容を一部改稿して投稿しております
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる