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第三章
3-6
しおりを挟むその日の午前中は激しく貪られてしまった私だけど、午後はさすがに私の体力を考えてくれたのか、時々休みを挟んで身体を重ねる。
彼が求めてくれるのは嬉しい、けれど、私には限界がある。
さすがに日が陰り始めると、私は気力も体力もなくなっていた。
「ご、ごめん、リア、その、悪い。箍が外れすぎた」
「ウィル、もうっ、せっかくの1日がつぶれちゃった」
「俺には、充実した休日になっているけど。そうだよな、出かけたかったか?」
私たちはベッドに寝そべりながら、手をつないで話している。時々指を絡めながら、お互いの温もりを確かめ合って。
「うん、オシャレなレストランで食事したり、お買い物に行ったり。また市場とか、屋台にも行ってみたかったな」
「す、すまん。明日は出かけよう。そうだ、まだリアにピアスしか贈っていなかったから、何か身に着ける物を見に行こう」
「えっと、そうだね」
結局、その日は私の身体が大変なことになってしまったので、外出するのを止めて邸宅で夕食をとった。どうやらウィルティム様の中では、食事は彼の膝の上で食べなくてはいけないらしく、またしても二人で仲良く食べさせ合うことになってしまった。
簡単な、それでも丁寧につくられた食事は私の身体を温めて、心も温めてくれた。
その夜はさすがに明日のことを考えて、彼に抱きしめて寝るだけにする。明日は外出してデートするのだ、無尽蔵に体力のある人に付き合っていては、身体がもたない。
私の体温が、彼を煽って寝苦しくしていることに全く気付くことなく、私は安心して熟睡するのであった。
次の日は快晴で、朝から外出の支度をするため、早めに目が覚める。今朝も不埒な手が私の身体をまさぐっていたが、流されると昨日と同じことになりかねない。
ウィルティム様の手をパチンと叩くと、「もうちょっと」と可愛らしくねだられた。
ずるい。私がその声に弱いことを知っているようで。
「もうっ、ちょっとだけですよ」
と、後から思えば後悔する一言を言ってしまった為に、ちょっとどころではなく始まってしまう。
イヤ、イヤと言っても彼には煽っているだけにしか聞こえないのか、さらに私の身体を弄ぶように執拗に触ってくる。
彼の欲望には悪いけれど、何と言っても休暇は短い。私としてはウィルティム様と気軽に外出できる今を大切にしたい。私は彼の手を止めた。
「さ、ウィル、行こう!」
平民に見えるように、なるべく地味な服に着替えをする。彼は白シャツにズボン、その上に茶色の薄手コートを羽織った。
私は花柄の刺繍のワンピースに編み上げブーツを合わせる。やっぱり花の都らしく、お花のモチーフが可愛らしくて、着るだけで私はウキウキとするのだった。
明日がお祭りの本番の日とあって、その前日でもすでに街は人であふれていた。
「ウィル! ウィル! こっち来て、スゴイっ!」
大道芸を見せる団体が来ているのか、広場のあちこちで芸を披露している。中には怪しげな魔術を応用した芸もあるようだが、空から花を降らせるなど、見ていて楽しめるものが多い。
護衛は目立たないように後ろに控えているが、こうして街歩きを二人でするのは、ウィルティムにとっても新鮮だった。
「リア、ホラ、あそこにも面白そうな人たちがいるよ」
くるくると表情を変えるリア。恋人関係となってから、ぐっと距離が近づいた。彼女の仕草や、その言葉の一つ一つが可愛らしくてたまらない。
思えば、リアは「平凡が一番」といったように不思議な信念の持ち主だった。その不思議さに惹かれたところもあるが、今ならその意味がわかる。
ユゥベールから異世界転生の話を聞いた時は、そんな馬鹿なことが、と思ったが確かに二人に共通するのはその不思議な信念だ。
この世界での常識を常識としない視点を持っている。
本当に、彼女をこの手に取り戻すことが出来て良かった。攫われたと聞いた時、俺の中をどす黒い感情がうずめいたが、今や、リアの笑顔で浄化されたかのようだ。
本当に、ずっとそばにいて欲しい。いや、いてもらう。
その為に出来ることを、また一つ一つ考えていく。リア、もう、決して離さない。俺の半身。
腕を組みながら立つその秀麗な姿に、街娘たちは近づきがたいオーラを感じて、遠回しに見ていた。長身の男の視線は、いつでも一人の女性を追っている。
のどかに過ぎていく休日を、リアリムとウィルティムは恋人として楽しんだ。明日までがその恋人の期限であることを、忘れているかの如く。
日が暮れるまで、二人は離れずに傍にいた。
「ウィル、ちょっと、本当にここで食事するの? いいの?」
ウィルティム様が選んでくれた夕食の場所は、なんと居酒屋ダイニングだった。ちょっとオシャレな、でもお酒を楽しむ場所。
景色のいいレストランとか、高級ホテルとかに連れて行かれると思っていたけれど。
「リア、本当はこうした店も、好きだろう? 今の俺の姿なら、こうした店にも来ることが出来るから」
確かに平民のフリをしている今なら可能であろう。
カランと扉を開けて中に入ると、それぞれのテーブルでは陽気な声が上がっている。前回行った騎士ご用達の酒場よりは小綺麗で、ちらほらと女性連れのお客もいる。
ここなら私も安心して楽しめそう。
「うん、嬉しい! ありがとう、ウィル」
念のために出入口の近くの席に座る。1日歩き回った今日は、やっぱりエールが飲みたい。
「リア、ホラ、こっちも美味しいよ」
いつものように口に運ばれる。周囲にいるお客の中には、たぶん護衛の人達もいるのだろう、王子がかいがいしく世話をする姿に、固まる者や口を開けたままの者までいた。
「ウィル、あのね、ここでは自分で食べるからね」
さすがに恥ずかしくなってきて、止めて、とお願いする。けれど、やっぱり話を聞いてくれないので止まらない。
「ウィル、あのね、また毛を抜くよ、いいの?」
「う、わかった。ここでは止めておこう」
スプーンを置いて、こちらをジトっとした目で見てきた。私はちょっと睨むと、ウィルティム様は視線を逸らした。
「あのね、今だから言うけど。宣誓書もショックだったんだよ。なんだか、騙されたって言うか」
前回の居酒屋では、酔った頭で血判まで押すことになった。騎士団長まで巻き込んでいて、ちょっと恨んでいたのだ。
「いや、どうしても、リアを繋ぎ留めたかったんだ。すまない」
素直に頭を下げる彼に、しょうがないなぁ、と思い頭を撫でる。
「ウィルは、どうしてそんなに私がいいの? 時々、わからなくなるっていうか、自信がなくて」
「リア、君の魅力を語らせたら時間がなくなってしまうよ。俺には君の全てが愛らしくみえる」
そう言ってまた、蕩けた目でみつめてくれるウィル。私の心をいつでも楽しませてくれる。最近は話も聞いてくれるようになったから、明日はきちんと答えよう。
お祭り前の喧騒の中、私は彼への想いを新たにした。お祭りの本番は、明日だ。明日こそ、パンツを贈ろう。
夜は更けていった。
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