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第三章

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 私たちは、お互いに目を離すことができずにいる。

「ウィル、貴方が来てくれた、の」

 ようやく出た声は、掠れている。

「リア、君に、触れてもいいか?」

 きっと慌てて馬を駆けてきたのだろう、埃まみれの外套と、汚れた手袋をしたままの彼。そのことにも気づかないで、ウィルティム様は私をそっと抱き寄せた。

「あぁ、少し、痩せたか? もう、足の方は大丈夫なのか? 怪我をしたと聞いたが」

 他に怪我をしたところは? と言って私を確認するように見つめるウィルティム様。

「ウィル。貴方の方が、酷い姿をしているよ。目の下に隈まで出来て、いい男が台無し」

 ふっと笑うと、ウィルティム様もふわりと笑う。そこでやっと、自分が埃だらけであることに気が付いたようで、外套を取り外す。

「あそこにある、東屋に行こうか。歩くのは、大丈夫か?」

 うん、と頷くと彼の手をとって、東屋に行く。ウィルティム様は外套の内側を表にして、そこに座るように敷いてくれた。

「リア、良かった、本当に。もう、俺の前から消えないでくれ」

 そう言って私を抱き寄せて、髪を撫でる。ずいぶんと心配させてしまったようだ。

「心配かけて、ごめんなさい、」

 抱き寄せられている私には彼の服しか見えない。でも、その吐息から彼が少し涙ぐんでいるのがわかる。

「ウィル、私」

 すぐに無事であることを知らせなかったのは、私の我儘だ。余計に心配をかけてしまったことを、やはり心苦しく思う。

「いいんだ、君がこうして無事に生きていることがわかったから」

 そう言って、ウィルは私の顔を見つめながら、顎を手で持ち上げた。

「キスしても、いいか?」

 伺うように瞳を揺らして、私に問う。今までの強気な彼とは違う。

 うん、と頷くと、彼の暖かい唇が私の唇の上に重なった。その優しいキスは、王宮でウィルストン殿下の彼としたものと重なった。

 やっぱり、彼はウィルストン殿下なのだ。

 音もたてず、唇が離れる。それでも瞳をそらすことは出来ない。

「君の話を、聞かせて欲しい。この前、俺は話を聞かない男だと叱られたから、ね、」

 ウィルティム様は少し瞳を細めて、私を優しく包み込んでくれた。

 私は、王宮を飛び出した後のことを彼に説明した。特に、男と共にいた少年のおかげで私は街道にでることが出来たから、そのことを特に強調しておいた。

 私を拾ってくれたゴウ侯爵夫妻のことも、こうしてお医者様の手当てを受けて、快適に過ごしていたことも。

 ウィルは静かに一つ一つ、私の言葉を漏らさないように聞いてくれる。

 そして最後に、私は一つ我儘を彼に言った。





 花の咲き誇るこの花の都には、お祭りの日が近づいていた。この都には、あるハレンチな言い伝えが残っている。

 昔、騎士様がお仕えする、美しいお嬢様に愛を伝えるため、お祭りの日にいやらしいパンツを贈った。花や宝石といったありふれたプレゼントの中から、一風変わったパンツのプレゼントを喜ばれたお嬢様は、騎士様と恋人になったという。

 それ以来、お祭りの日にパンツを贈り、それを受け取ると恋人になる、という風習が生まれた。

 女性であれば、ボクサーパンツを。男性であれば、女性用パンツを贈る。買いに行くのも恥ずかしいが、それを乗り越えることこそが、愛の証明として盛り上がる。

 もちろん、恋人同士であればいやらしいパンツも贈りあうし、縁起がいいからプロポーズの日としても有名だ。

 3日後はそのお祭りの日だった。メイティーラからお祭りの話を聞いたリアリムは、ウィルティムにその日まで約束の恋人関係を続けて欲しい、とお願いをした。


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