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第三章

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 足の腫れもひいてきて、そろりそろりと動けるようになってきた。目覚めてから既に3日も世話になっている。

「リアさん。もし出来れば、話せる限りで事情を教えてくれないかな。何か、力になれるかもしれないよ」

 寡黙なグレン・ゴウ侯爵は私のベッドサイドに来て、そう尋ねた。メイティーラさんも一緒にいて、夫がいない方が良ければ、私にだけでも話して欲しい。と聞いてくれた。

 後で聞いたところ、この時には私を探すための通知が出ていたようだ。それを聞いたゴウ侯爵が、桃色の髪の女性ということで私ではないか、と思ったようだ。

「はい、わかりました。えぇ、私の父は伯爵で、私はリアリム・ミンストンと申します」

 事情を簡単に話す。市場で攫われたこと。気が付いたら馬車から降ろされ、森の中に置いて行かれたこと。その時に足をくじいたことや、街道に出た途端、意識を失ったことなど、

 だけど、しばらく家族に伝えないで欲しい、と伝えた理由までは、言えなかった。

 この三日間、ベッドの中にいた私は静かに考えて、自分の気持ちと向き合ったのだ。そしてその答えを、彼に直接、伝えようと思ったのだ。


 ―――もう、逃げない。





「ウィル。お前、大丈夫か?」

 連日の捜索を行っていても、リアリムは見つからない。攫った男は、その甥という少年も連れていたというが、男に誘拐することを依頼した男が見つからない。

 王宮から、偽の情報を流した者も、どうやら同じ風貌の男に依頼されていた。男の身元は、それは巧妙に隠されていた。

 要するに、行き詰っていた。リアリムが生きている証拠だけでも見つけたい、最悪、遺体でも。

 そう考えていると、慌ててやってきたディリスが、心配そうに俺の顔を覗き込む。

「ディリスか、あぁ、大丈夫だ。今少し、寝たからな」

 浅くしか眠れない俺が、もはや昼間に短く休むためのものとなったソファーから身体を起こす。

「どうした。何か連絡でもあったのか?」

「ウィル、花の都にいるグレン・ゴウ侯爵から手紙がわが伯爵家に届いた」

「グレン・ゴウ侯爵? あの、ゴウ侯爵か?」

 ゴウ侯爵は、無口で無表情、無駄なことをしない三無し男で有名だ。その彼が、何をミンストン伯爵に伝えるというのか、もしかして。

「ウィル、これを読むと、妹は彼のところで養生しているようだ」

「ディリス!」

 俺は立ち上がると、ディリスから手紙を奪い取るようにしてそれを読む。確かに、リアリムが攫われた日にあの街道で女性を助けたとある。そして、その特徴から、リアリムと推察されるようだとあった。

 連絡が遅くなったのは、彼女がしばらく名前を伝えなかったから、とある。

「名前を言わなかったとは、どういうことだ?」

 嫌な予感がするが、ディリスはとにかく確認することだ、と言った。

「ウィル、お前が迎えに行って欲しい」

「ディリス、お前は行かないのか?」

 神妙な顔をしたディリスは、俺に手紙を託しながら口を開く。

「俺は、王都で犯人を追うことにする。リアリムの迎えは、ウィル、お前の役目だ。お前が行かないなら、俺が行く。だが、俺が帰ってきても、お前は二度とリアリムの前に姿を表すな」

 ディリスは今までになく真剣な顔で俺に迫る。その彼に、俺も真剣に答える。

「わかった、俺が行く。リアリムは、俺が迎えに行く」

 力強く答えると、ディリスは頷きながら俺に伝えた。

「もう、妹を泣かせるな。もし、お前を見て泣くようなら、俺が行くからな」

「ディリス、余計なことを考えるな。出るぞ」

 俺は早駆けできる馬を指示し、外套を羽織る。花の都であれば、3時間も駆ければ到着するだろう。

 俺は大きく息を吸うと、リアリムのいるであろう邸宅を目指して駆け出した。







 私は、リハビリを兼ねて侯爵邸の庭園を散歩していた。今は花の咲き誇る季節なので、色とりどりの花が植えられている庭園は、とても美しい。

「リアさん、貴方を知っている方が訪ねて来たけれど、ウィルティム様と言う騎士の方。案内してもいいかしら?」

 メイティーラさんが、声をかけてくれた。名前を伝えたので、いつか、誰かが迎えに来てくれると思っていたけれど。まさか、彼が来るなんて。

「えっ、彼が来たのですか? ウィルティム様が?」

「あら、やっぱりご存じなのね。とっても素敵な騎士様ね、では今案内するわ」

 そう言ったメイティーラさんは、使いの者に伝言すると、私の近くに寄って囁いた。

「リアさん、悩んでいることは分からないけれど、素直になってね」

 伝言が伝わったのか、背の高い騎士が走ってくるのが見える。漆黒の髪をなびかせているのは、ウィルティム様だ。

「あぁ、リア! 良かった、無事で」

 私の姿を見た彼は、安心したように言葉を吐いて、そしてメイティーラさんの方を向いてお辞儀をした。

「騎士のウィルティム・ドルスと申します。この度は、私の婚約者であるリアリム嬢を助けていただき、ありがとうございました」

「ま、まあっ、婚約者でしたの? そうでしたか、良かったです」

 ウィルティム様は私を婚約者と伝えた。その方が、迎えに来た理由になるからだろう。ちょっと驚いたけれど、その方が話が通じると思った私は、訂正もしないでいた。

「侯爵夫人、少し、リアリム嬢と二人で話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「え、ええっ、そうですわね。リアさん、大丈夫?」

「はい、メイティーラ様。ありがとうございます。少し庭園をお借りします」

 私がウィルティム様を見つめる目が優しいのを見て、メイティーラ様は人払いをしてくれた。


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