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第二章

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「ウィル、起きろっ、ウィル」

 肩を揺らされ、目を開けるとディリスが必死な顔をしている。短い午睡であったが、十分に休むことが出来た。頭はかなりスッキリしている。

「どうした、何かわかったか」

「あぁ、マルーン市場でリアリムを攫った奴を拘束した。どうやら、市場で知られているごろつきだったようだ」

「なにっ、もう捕まえたのかっ」

「あぁ、昨日の粉屋の女将さん達が、すぐに情報を集めてくれていた。怪しい男がいるとのことで、さっき俺が確認に行ったが、すでに市場の自警団が捕らえていた」

 ガバッと起き上がると、俺は叫ぶように問いかける。

「それでっ、リアリムは? 無事か?」

 俺の視線を逸らすように、ディリスは少し俯いた。

「それが、男はリアリムを街道沿いの、森の中に捨てたと言っている」

「なにっ、どこだ?」

 興奮する俺を諫めるように、ディリスは簡潔に話をする。

「ウィル、彼はリアリムの手と口は縛っていたようだが、足は縛っていなかった。まずは、その捨てたという場所に行こう」

「わかった。それで、そいつらは誰の命令なのか吐いたのか?」

「それはまだだ。まずは、彼女を見つけるためことを優先した。行こう、まだ日は高い」

「そうだな」

 さっと立ち上がり、俺は外套を羽織る。携帯する武器を確認すると、ディリスと共に自警団の詰所に向かう。

 リアリム、頼むから無事でいてくれ。もう既に二日経っていることが気にかかる。焦る気持ちを抑えながら、俺は向かう先に急いだ。





 リアリムを攫った男は、普段はみかけない男に頼まれた、とだけ答えた。その男はリアリムについていた影を襲撃し、その際の戦いで負った怪我のために、リアリムを捨てた現場にはいなかったという。

「で、ここでお前はリアリムを降ろしたのだな」

 ディリスが縛り上げた男を、低い声を出しながら尋問する。

「あ、あぁ、こ、ここだ。この倒れている木の近くに馬車を停めた」

 そこは王都から馬車であれば2時間ほど離れた森の中を通る街道沿いだ。

「それから、この奥に入って、そこに置いた。俺は、何も乱暴もしていない、本当だ、」

 実際に捨てたと言われる場所に行くと、そこには手と口を縛っていたであろうロープが落ちていた。切り口は何か刃物で切ったようにシャープだ。

「まさか、お、俺のナイフ、な、何もしていない、ちょっと脅そうと思っただけだ、そしたら、バチっとはじかれて、それで、そのまま置いてきた」

「そうか、お前は弾かれたか」

 と、いうことは。こいつはリアリムを襲うつもりで近づいたということか。ナイフで服を割こうとでもしたのだろう。

 ロープには、血の跡もついていた。きっと、ロープを切る時に肌も切ってしまったのだろう。不幸中の幸いと言うべきか、手足も自由となったリアリムは、街道を目指して歩いたように、足跡が残っていた。

 リアリムが折ったのだろか、街道に出るのを案内するように、所々目印のように枝が折られていた。

 だが、街道にはリアリムがいた痕跡がなかった。

 もしかすると、ここから連れ去られた可能性がある。この街道は王都と南にある花の都を結ぶ主要な街道だ。頻繁に馬車が通るところでもある。

「リア、どこにいるんだ、俺は」

 ここまで来たというのに、何も得ることができない。森の中を探す捜索隊も編成するが、同時にこの街道を通った馬車を探さなければ。

 途方もないことだが、今、リアリムに繋がることは何でもしなければ。彼女がいなくなってから、三つ目の夜が訪れようとしていた。





「リアちゃん、気分はどうかしら?」

「メイティーラさん、ありがとうございます。はい、とても良くなりました」

 街道で意識を失っていた私を助けてくれたのは、この花の都に住むゴウ侯爵夫妻であった。たまたま、王都に用事があったため、帰る途中で私を見つけてくれた。

 服装が上等なものを着ていたため、私が貴族の娘と判断したゴウ侯爵は、馬車を急がせて花の都に戻った。

 拾った私に大きな外傷はなかったが、右足が尋常でなく腫れていた。あと、手や顔にも擦り傷がある。

 医者に見てもらうと、足の骨は折れていないようなので、結局のところゴウ侯爵夫妻の邸宅で静養することになった。

 だが、なかなか目が覚めない。途中、熱も出てきてうなされてきたため、寝間着に着替えさせたり身体を拭いてくれたりしたようだ。本当に感謝しかない。

 ゴウ侯爵夫妻が拾ってくれたことで、私は人目につくことがなかった。貴族の娘が供もつけず道端で意識を失っていたとなると、さすがに生家まで責任を問われることになるだろう。

 それは、私自身の醜聞にもなる。そのことを思い、ゴウ侯爵夫妻は私のような娘を拾ったことを外に漏らさないようにしてくれた。

 さらに侯爵の妻であるメイティーラさんが、きめ細かく私の世話をしてくださることで、私は安心することができた。

 目覚めた直後に泣いてしまったが、それからは泣いていない。

 メイティーラさんは、私がなぜあそこに倒れていたのか、そのことについては詳しく聞いてこなかった。

 ただ、心配されているだろうから、家族のことを教えてほしいと言われたけれど、

「その、家族にも知らせたくなくて。しばらく、しばらくいさせてください」

 そう答えると、何か事情があるのだろうと察してくれた彼女は、私の本当の名前をも聞かず、愛称のリア、だけで過ごすことを許してくれた。

 私は、ウィルと少し離れていたかった。少し。本当に、ほんの少し。



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