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第二章
2-12
しおりを挟む夕べは流石に疲れてしまって、着替え終わるとすぐに眠ってしまった。
私は朝の支度を終えると、部屋にかかっている夕べのドレスを眺める。
「殿下からのドレス、汚れちゃった」
初めて着た、ピンク色のドレス。明るくて、ふわりとして、とっても女の子らしいドレスだった。
それを、あぁ、赤ワインをかけられたのだ。
まるで、殿下の想いを否定されるように。私には、ウィルストン殿下など相応しくないと言われているように。
夕べのことを思い出すと、悔しくて悲しい想いが込み上げてくる。うぐっと涙をこらえると、ドアを叩く音がする。
「リアリム、入るよ」
そっと私の部屋に入って来たのは、ディリスお兄様だ。昨夜は珍しく我が家に泊ったのだろう、今日はもうすぐに騎士団へ帰るのか、蒼い制服を着ている。赤く燃えるような髪をしているお兄様が着ると、本当に見惚れてしまう。
「お兄様、昨夜は、その、ありがとうございました」
夕べ、馬車の中でお兄様に抱き寄せられた。この前も、お兄様の胸を借りて泣いたばかりだ。心配ばかり、かけているな、私。
「リアリム、体調はどう? 少しは落ち着いた?」
「あ、はい。調子はいいです。もう、元気ですよ」
これ以上心配をかけないように、にこりと笑う。そうだ、気分転換に今日も何かお菓子を焼こうかな。
「そうか、少し話があるが大丈夫か?」
「え? えぇ、この部屋でいいのですか?」
大きめのソファーに座るお兄様の隣に、私も座れと言われ素直に座る。
「リアリム、その、ウィルストン殿下との婚約話が進めば、昨夜のようなことはまた起こりかねない。お前は、こういっては何だが、ただの伯爵令嬢だ。父上は議会にも行っていない、力のない貴族だ」
「はい、わかっているつもりです」
「それでも、お前が殿下のことを好いているのであれば、俺は応援するつもりでいた」
「はい、お兄様」
「だが、さすがに昨夜の様子をみると、果たして殿下がお前を守り切れるのか、不安も覚える」
心配してくれる気持ちが痛いほどわかる。ディリスお兄様は、これまでも私のことを大切にして、伯爵家よりも私の気持ちを第一としてくれていた。
「それで、もし、お前が殿下との婚約を進めたくないようであれば、俺が盾になってやる」
押さえていた涙が込み上げてくる。お兄様にもこんなに心配をかけてしまった。
「ディリスお兄様、ありがとう、私」
「リアリム、俺の手をとってくれ。俺は、お前をいつまでも守るから、」
そっと、優しく肩を抱き寄せられる。ディリスお兄様は、普段は穏やかな漆黒の瞳の奥に、何か燃えるような情熱を秘めて私を見つめていた。
「ディリスお兄様」
「兄と呼ぶな、俺は、俺は」
まるで、恋人に接するような甘い声で囁き、お兄様が顔を近づける。
――キスされる、そう思った瞬間――
バチバチっと私の唇とお兄様の顔の間に、見えない壁ができたように火花が散った。「痛ってぇ」と言って、お兄様は顔を抑えていた。
「えっ、何? これ」
耳のピアスが熱を持ったように暖かい。ピアスを触ると、ディリスお兄様も私の触っているピアスを見た。
「リアリム、これは、どうした? 誰から貰ったものだ、こんな、強力な魔法石のピアス、そうか、殿下か」
「あ、はい。ウィルストン殿下から贈られました。私を守ると言って」
では、今の見えない壁が、魔法石の防御なのだろうか。
「チッ、あいつめ、こんな強力なものを、まったく」
お兄様には、このピアスにどういった魔法がかかっているのか、わかったようだ。
だけど、私は未だに? だ。昨夜は何もなくお兄様に触れることができたのに、今、顔が近づいてきた時はそれを避けた。
「まぁいい。リアリム、お前は殿下のことをどう思っているんだ?」
少しイライラしているけれど、通常のお兄様の様子に戻ったようだ。少し安心して、私は話し出す。
「ええっと、ウィルティム様は大好きよ、今でも、とっても。でも、ウィルストン殿下の姿の時は、まだ気後れしてしまって。好きかと聞かれたら、うん、半分好きで、半分はよくわからないわ。王子妃になることは、できれば避けたい」
正直な想いを告げる。ウィルティム様、その名前を出すと、お兄様は少し悲しそうな顔をした。
「そっか、アイツのことは大好きか。そうだよな、2年間、お前は真っすぐに見ていたよな、」
そう言って、ため息を一つ吐いた。
「だから、もう少し時間が欲しいの。気持ちが整理できるのかもしれないし、やっぱり無理ってなるかもしれないし、甘いってことは、わかっているけれど」
「そうか、わかった。お前がそういう気持ちなら、もう少し待とう。だが、あまり宙ぶらりんにすると、夕べのような事件がまた起こりかねない。そうなる前に決めるんだ。断るなら、俺はいつでもお前の味方だ。いいな」
「ありがとう、お兄様」
「よし、じゃぁ俺はもう出かけるが、リアリムは大人しく家にいるんだぞ。当分、夜会やお茶会には行くな。いいな」
「はい、お兄様。そうします、ね」
残念だけど、自宅謹慎ということだ。社交界で死亡フラグを折った私に、今更招待も何もないだろう。
「それから、そのピアスは外すんじゃないぞ。お前を守るから、な」
「はい、わかりました」
返事をすると、お兄様はスッと立って扉の外に出て行く。それを見送りながら、私は何ともいいようのない疑問を抱いた。
さっき、お兄様は「兄と呼ぶな」と言っていたけれど、スッキリしない気持ちで、私はお兄様の出て行った扉を見つめる。
私をとりまく空気が、昨夜で変わったように思う。それは、道の選択をしなくてはいけない、と私を追い詰めるようで息苦しさを感じたのだった。
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