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第二章

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 一部のお嬢様たちには、大人の雰囲気を醸し出しているウィルストン殿下よりも、おちゃめな感じのするユゥベール殿下の方が親しみやすいのだろう。

 彼が近づくと、デビュタント達の間で黄色い声が上がる。

「兄上、踊りを代わりますよ。ホラ、あそこにリアリム嬢もいますので、兄上を待っているようでしたよ」

「ユゥベール、お前も少しは気配りが出来るようになったな、あぁ、彼女のところに行ってくるよ」

 何回も踊ったというのに、疲れを見せないウィルストン殿下が近づいてくる。

 夜会で殿下と踊ったことは、これまでなかった。私を見つめながら、まっすぐに歩いてくる殿下。その纏っている雰囲気は高貴で、優雅で、そして煌びやかなものだ。常人にはない、生まれながらの王子様としての風格を持っている。

「リア、待たせたね。今夜は特に、うん、綺麗だ。私の贈ったドレスがよく似合っているよ」

 甘いテノールが響く。本当はまだ、信じられない。本物の王子様から求婚されているなんて。

「私と踊ってくれるかな、リア、私の可愛い妖精姫」

「っは、はいっ」

 ふわりと笑ったウィルストン殿下は、私の手をとってダンスフロアに導く。デビュタント達と踊っていた時は、どこか冷たい壁を感じるような表情しかしていなかった殿下が、いきなり蕩けるような笑顔を見せた。そのことにまた、周囲の人たちはひそひそと囁き合う。

 さすがに踊り慣れている殿下のリードは、とてもスマートだった。

「ウィルストン殿下、とても、踊りやすいです」

「そう言っていただけると、嬉しいよ」

 私の桃色の髪がふわりと舞う。殿下は曲に乗せて私を上手に舞わせてくれる。

「リア、後から、一緒に噴水を見に行こう。この庭園の噴水は、夜はまた格別だよ、」

「えっ、それは、私」

 夜会の時に、噴水の辺りは逢引きの場所になると聞く。そんなところに殿下と二人で行くとなると、何をされるかわからない。

「君のさくらんぼのような唇、はっ、本当に美味しそうだ」

 この会話を誰かに聞かれたらどうしよう、内心、とても焦ってしまう。

「で、殿下、お願いだから、そんなこと言わないで」

 思わずステップを間違えそうになるけど、殿下はお構いなしにリードを続ける。

「可愛いリア、君は私の恋人だろう? 恋人を満足させるのも、大切なことだよ」

 ひぇぇ、殿下、そんなことを言われると益々噴水のところなんて行けません。

「ありがたくご辞退申し上げます、殿下」

「そんな切ないことを言わないで欲しいな」

 そう言うと、ぐっと私を引き寄せて額に唇を当てた。ダンスの途中だから、きっと傍目には距離が近づいただけに見えるだろう。

 だけど、不意に落とされたキスに、私は顔が真っ赤になっているのを感じる。

「でっ、殿下っ」

「ははっ、リアと踊るのは楽しいな、こんなにダンスが楽しいことはなかった。リア」

 曲が終わりを告げるが、殿下は私の手を離さずにいる。そのままテラスを出て、園庭に繋がる廊下へ連れて行かれそうになったところで、声がかかる。

「殿下、そこまですよ。ほら、デビュタント達が待っています」

 お約束のチャーリー様が、有無を言わさぬ雰囲気で殿下を止めてくれた。

「おのれ、チャーリー、お前、またいいところでなぜ止める」

 苦々しい顔をした殿下が睨んでいる。

「殿下、それが私の役割だからですよ。ホラ、遊んでいないで行きますよ」

 普段通り、チャーリー様は顔をしかめながらウィルストン殿下を連れて行こうとする。

「リ、リアっ、もう、私以外の男と踊るのではないぞっ、いいかっ」

 連れて行かれる殿下に、私は笑顔でひらひらと手をふった。良かった、これなら無事にお仕事(ダンス)をしてくれそうだ。

 私は痛いほどの視線を避けて、壁の花となるべく会場の隅へ向かう。ウィルストン殿下は、デビュタント達から挨拶を受けている。王子としての責務だ。

「すごいなぁ」

 さっきまでの情けないような顔と違い、今はキリっとすました顔をしている。かつては悩んだというけれど、今や立派な王子様をしているウィルストン殿下。

 いつか、あの隣に立つことになる自分など、やっぱり思い浮かぶことができない。

 壁の花になるにしても、せっかくの夜会だ。王宮のデザートは美味しい。

 昼間のお茶会では、いつも一工夫あるお菓子が並んでいた。今日も味わって食べよう、とそこに向かうと私の方に近づいてくる集団が目に入る。

「あ、イザベラ様」

 普段であれば、あの集団の後方にいる私だけど、この前からイザベラ様から敵認定されている。一緒にいられるわけがない。

「あら、ごきげんよう、リアリム様。今日は可愛らしいドレスですのね」

「は、はい。ごきげんよう、イザベラ様。イザベラ様も、今日も美しさが輝き出るようなドレスですね」

 今日のイザベラ様は濃い銀色のドレスだ。殿下の髪色を模しているのだろう、大振りのアメジストのネックレスにイヤリングと、普段以上に殿下の色を纏っていて、圧を感じる。

「あら、こちらでよろしいのですか? 最近、面白い噂を聞きましてよ。ピンク色の髪の令嬢が、二人の王子を惑わしていると、貴方も先ほどから、殿下達と踊っていらしたわね。何かご存じかしら?」

 イザベラ様が口を開くと、周囲にいる取り巻き令嬢達も話を合わせる。

「えぇ、私も聞きましたわ。同じ日に、ユゥベール殿下のアトリエにいた方が、その後はウィルストン殿下と園庭にいたとか」

「ユゥベール殿下のアトリエでは、なにやら裸に近い姿だったとか」

「私は、ウィルストン殿下を足蹴にしていたという噂を聞きましたわ、なんて酷い」

 根も葉もなくはない噂話は、だが少しずつ悪意が入っている。まるで、私が二人の王子殿下を誘惑して、堕落させているような話になっていた。

 

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