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第一章

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 自由に王都を散策できる機会は少ない。お兄様が家にいた頃は、連れ出してもらえる機会はあったけれど、最近はめっきり出かけることができていない。

 この世界に生まれて、やっぱり知らないことが多い。普通の伯爵令嬢であれば知らなくていいことも多いけど、異世界転生した私はこの世界をもっと知りたかった。

 騎士であるウィルティム様が一緒であれば、安全も確保されるからどこにでも行ける。手始めに私は市場に行ってみたかった。

 市街のはずれに位置しているマルーク市場は、早朝以外でも商売をしている。一般人も入ることのできる、にぎやかな市場だ。

「わぁぁ! 広い!」

 私はこの世界では見たこともないような、広大な市場に興奮した。売っている内容によって、区画が整理されている。食肉部門、魚介部門、野菜や果物、それぞれ決められたブースに、様々な品物が売られていた。

「ウィルティム様、ほら、あそこにも! ここでは生きた鶏を売っているんですね!」

「あ、ああ、鶏は絞めてから時間が経つと、味が落ちるからな。生きたまま扱う者もいる」

 籠の中に生きている鶏が、コケッ、コケッと鳴いている。売る時は一羽ずつ、足を縛って渡すようだ。

 商店を巡りながら、手を握るというより、私の方がウィルティム様の手をひっぱるようにして市場を回る。

「リアリム、次はどこを見たいのかな?」

「えっと、食肉は見たので、魚介類を扱うところを見たいです!」

「君の興味は変わっているな、普通はアクセサリーとか、見たいものではないのかな?」

「それは、へへっ、自分で選ぶより贈ってもらいたいものなので、とりあえず大丈夫です」

 正直に答えると、ウィルティム様は少し驚いたような顔をしていた。

「まだまだ見てみたいので、さっ、急ぎましょう!」

 私の興味は尽きない。色とりどりの魚に、果物売り場では見たこともないようなフルーツもたくさんあった。

「おじさん、おじさん。この小麦の値段って、あまり変わらないものですか?」

 小麦売り場の店員さんに、私は軽く質問してみた。

「ん? この5,6年は変わらないかなぁ、お嬢さんはお使いかな?」

「あっ、はい。そんなものです。あの、こっちの粉と、こっちの粉は何が違うのですか?」

「あぁ、これは強力粉と、薄力粉だ。こっちがパン用で、こっちがケーキ用だ」

「わぁぁ! 私、この強力粉を探していたの! あと、この薄力粉は最高ランクのものね! 嬉しいぃぃ!」

 つい、嬉しすぎて叫んでしまう。この世界には小麦粉はあっても、区別がなかった。どうしても粉によりお菓子の出来栄えが変わる。

「こちらを買っていきたいけど、うーん、重たいからなぁ」

 まさか、デート中に粉ものを持って歩くわけにもいかない。どうしたものかと思っていると、ウィルティム様が話をつけてくれた。

「店主、すまないが配達をお願いできるか?」

「あ、あぁ。明日になるが、配達できるよ」

「では、こちらの粉と、こちらの粉を2キロずつ頼む。代金は、これでいいか?」

「あっ、ウィルティム様、私が払います。私の趣味なので」

 わたわたとして財布を探す私を、ウィルティム様がいいから、といって先に払ってしまう。

「いつも、お菓子をタダで食べさせてもらっているから、ね。その代金だと思えば安いものだ」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 ここは遠慮なくおごってもらうことにする。

「しかし、初めて君に強請られて買うものが小麦粉とは、予想外だったな」

「へっ?」

「いや、こちらの話だ。さ、次の店に行こう」

 次に私たちは、お菓子作りのための道具を扱う店に行った。
 ここでも私は、手に入れたかった道具や、可愛い型などを見つけて嬉しさのあまり奇声を上げてしまった。

「はわわ~、嬉しすぎる」

 デートであることを忘れるくらい、熱中してみてしまった。
 そして購入したものは、またも配達をお願いする。

「君は、本当にお菓子作りが好きなんだね」

「はいっ、出来ればお菓子とか、パンとかを作って家族に食べてもらう生活を送るのが夢です。子どもがいたら、毎日のおやつにして、で、大きくなったら一緒につくるとか! そんな生活が一番ですね!」

 思わずニコッと笑ってウィルティム様をみると、彼は意外そうな顔をしていた。

「そうか、君は本当に不思議な子なんだね。普通は、そうしたことは料理人に任せるのだが」

 しまった! 私はここでは、伯爵令嬢だった。つい、ニホンにいた頃に意識が戻っていた!

「えっと、そうした話を聞いて、いいなぁと思ったことがあっただけです。はは。あ、ウィルティム様、そろそろお腹がすいてきませんか?」

 ごまかすためにも、話題を変えておく。そろそろランチの時間にもなるし、市場は十分満喫できた。

「そうだね、レストランもいいけれど、もしかして屋台で食べたい?」

「えっ、いいんですか?」

 そう、ここは市場。場外には商人とか買い物客相手の屋台も多い。野外広場にはテーブルと座るところもあるので、屋台で買ってそのまま食べることもできる。

 でも、淑女のマナーとしては考えられない食べ方になる。私は抵抗ないけれど

「ははっ、その方が嬉しそうだな、リアリムは。いいよ、今日は特別だ」

「ありがとう! 私、屋台で売っている串刺し肉を食べてみたかったの!」

 思わずはしゃいでしまう私を、ウィルティム様は眩しそうに目を細めて眺めている。きっと、変人だと思っているかもしれない。でも、貴族ではないウィルティム様なら、このくらい庶民っぽくても大丈夫だろう。

「じゃぁ、私。買いに行きますね。ウィルティム様は、ここで座って待っていてください。今度は私のおごりです」

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