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第一章
1-5
しおりを挟むもう2年も前のことになる。
当時、病弱な母の為に私は薬草を探して、王家の森に入り込んでしまった。
「あ、しまった。奥に入り込みすぎちゃったかも。そろそろ帰らないと」
騎士団に所属するお兄様を訪問する、といって家を出た私なのだ。
遅くなる前に帰らないと、と思ったところで、ふと周囲に獣の気配を感じた。
マズイ! ここは王家の森で、人の手が入っていない。
時折、野生の狼が徘徊していると聞く。森の奥まで入り込みすぎてしまった。この世界は、日本と違って危険と隣り合わせなのに、時々平和ボケの私が顔をだす。
当時、まだ16歳であったが気分は36歳の大人なのだ。油断してしまった。
気が付いた時には、もう大型の狼たちに囲まれていた。
どうしよう、恐ろしさで足がすくみ、私は動けなくなっていた。
「た、助けて、だ、誰か」
震えるように声を絞り出すが、反対にそれは狼にとって攻撃する合図になる。
グルル、という唸るような声を聞き、鋭い眼光がそこら中から見つめてくる。
「グワッ」
先頭にいた狼が、牙を剥いて襲い掛かってくる。もう、ダメだ、お母さま、ごめんなさい、と、思った瞬間にシュンっと耳を割く音がする。
「ギャウゥゥ」
獣が吠える。それを合図にシュン、シュンとつんざくような音が響く。
走りながら弓を射る騎士が、私の方を向いて叫ぶ。「大丈夫かっ」
声がだせない私は、頷くしかない。その仕草さえ見たか見ないか、騎士は剣を取り出すと一気に狼の群れを蹴散らすように切り刻む。
「はぁ、はぁ、大丈夫、か」
気が付いた時には、周囲は狼の死骸と返り血を浴びた騎士がいた。
「あ、ありがとうございます」
震える声でお礼を伝える。こんな森の奥まで入り込んでしまった私が悪いのだ。
この騎士様が来てくれなければ、私の命はなかったのだ。
「さぁ、立てる?」
手を伸ばしてくれたのは、今私の隣にいるウィルティム様だった。
私はあの時、彼の手を取った時から、私の心を渡してしまっている。
――けれど、それを声に出すことは出来ない。残念なことに、私は伯爵令嬢としての立場をしっかり把握できる大人の女性であったのだ
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