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スイレン宮

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 スイレン宮は、サルベニア王国の離宮で、現在残る唯一の王宮跡でもある。私の祖母が、私に残してくれた、大切な宮殿。普段は閉じられていて、人が住んでいるわけではない。必要に応じて、開放されるだけであった。

 旧サルベニア王国民にとって、精神的な支えとなる、シンボル的な建物だ。それは、王政復古派にとっても、重要な所でもある。だが、普段は管理人がいるだけなので、その管理人を取り込んでしまえば、隠れ住むこともできる。

 どうやって、門の騎士を避けて外出しようかと悩んでいたところ、コンコンと、バルコニー側の窓を叩く音がした。

そこには、レオンの伝令魔鳩がいた。レオンにどうにかして連絡をとりたかったとこだ。良かったと思い、窓を開けて鳩を入れると、レオンからの手紙が渡された。

―――帝都に向かっている。―――最後に、愛しているよ。レオンハルト―――

 相変わらず、短い手紙だった。でも、最後の一言を呼んで、胸の中がほわっと暖かくなる。

この言葉は、私も、直接言ったことはないけれど、―――愛している。

まだ、口に出して伝えていないけど、次に会えた時は、きちんと伝えよう。うん、大丈夫。今はレオンと歩む未来を信じよう。

 そして、アイリスもレオン宛に手紙を書き、スイレン宮が怪しいので、行ってみようと思う、と書き記した。そして書きながら、ふと、レオンと魔力共有ができたことを思い出す。

 今日、サボは周囲の人の視界を誤魔化して、誤ったビジョンを見せる魔術を使っていた。あれなら短時間であれば、今の私なら使うことができそうだ。

 赤いピアスを触り、ありがとう、と呟く。

離れていても、レオンは近くにいて、助けてくれる。明日は、忙しくなりそうだ。そう思い、アイリスは眠りについた。

*******

 アイリスに伝書魔鳩を飛ばし、俺も帝都をへ向かって馬を駆ける。これだけ長い時間、馬に乗り続けるのも久しぶりで、尻が痛い。だが、今は一刻を争う。

帝都でリード家に接触し、できれば皇帝に会って、話が少しでもできればいいが、多分無理だろう。息子(皇子)といえど、7番目となると扱いはそこらの文官や武官と一緒だ。

今回、多分リード家は情報を持っている。理由はわからないが、ララクラインお嬢様がわがままを言って、東の地の赤の日に参加した。だが本当は、リード家としては領地か、帝都で暮らしてほしいと思っているだろう。

今回の婚約がこのまま流れ、来年に再度、リード家の領地で赤の日に参加してほしい。そのため、今は積極的に探す気はない。合同婚約式が終わって、半年後にさりげなく家に帰ってくる、そんなところだろう。

だから、俺が情報を引き出すことは難しいかもしれないが、帝都での伝手を頼れば、何か掴めるかもしれない。ただ、それをするには、時間が少なすぎる。あと9日しかない。それまでに見つけないと、合同婚約式に間に合わなくなる。

移動にかかる日数も惜しい。俺は、逸る気持ちを抑えながら、帝都に向けて馬を走らせた。

◇◇◇◇◇

 朝日が昇る。アイリスは早朝から準備をしていた。昨夜の父の話では、スイレン宮が拠点となっている可能性がある。スイレン宮は、私の宮殿だ。今は父が保護者として管理しているが、宮殿の構造は誰よりも知っている。

隠し部屋や、それこそ避難経路となる隠し通路まで、頭の中に入っている。

今は、スイレンが咲きはじめているだろうな。久しぶりに、祖母の残してくれた花を見に行くことも、楽しみであった。

今日は、スイレン宮に行くので、いかにも「スイレン姫」の姿を選んだ。薄い紫の、少し長めのロングスカート。上は白のシャツを合わせる。スパッツも履いて、妖銃アレンも足に装着する。もう片方には、念のために短いナイフも仕込んでおく。

玄関を出たところで、門で私を見張っている騎士を騙すため、遮断魔法を用意する。私のために、ソルが用意してくれた人達だが、申し訳ないが今日は騙されてもらう。

『ハイド』

 私を遮断する魔法を詠唱する。さすが、レオンの魔力だ。問題なく発動した。時間をかけて、丁寧に準備すれば、私でもちょっと高等な魔術が使えるようになった。ありがたい。

 無事に門を通り過ぎ、大通りにでると、ホッとする。同時に、遮断魔法を解く。早朝の大通り、人通りは少なかったので、その場に突然出現したようなアイリスに、だれも気付くことはなかった。

 ただ一人、その後ろ姿をそっと見守る影があった。茶色の眼をした、その人は、「はぁ・・・」とため息をつきつつ、アイリスの後を追った。―――影のように、見守っていたのは、師匠のサボであった。
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