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サボの本気
しおりを挟むソルも帰った午後、また来客が来た。家の門から堂々と入ってきたのは、緋色のフロックコートを纏った、サボだった。そして、いつもは乾かしっぱなしの髪が、綺麗に後ろにまとめられ、手には白い薔薇の花束を持っていた。
また薔薇・・・私は嫌な予感がしたが、むしろ驚いていたのは父であった。
「ギューエ公爵、ご無沙汰しています。今日は、少しお時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか。」
丁寧な言葉遣いのサボは、私の知らない人のようであった。父は、話を聞こうと応接室に招き入れた。
「サボ殿。今日はどのような趣でしょうか。娘の妖銃の訓練であれば、今はひと段落ついたと聞いていますが。」
「ええ、10年間指導させてもらいました。アイリス嬢の成長を、僕も嬉しく思います。まだまだ危なっかしいところもありますが、一人前の妖銃使いになれたと思います。」
「ただ、ご存じの通り、娘は帝国軍に所属することはできません。冒険者になりたいと、申しておりますが。」
父は、私が軍人になることを反対していた。妖銃使いとなれば、軍に目をつけられかねない。
「はは、僕も正規に軍に所属しているわけでは、ありませんからね。軍からのリクルートではありませんよ。まぁ、僕の伴侶としての、リクルートに参りました。・・・娘さんと、結婚させていただきたいと、思っています。」
「―――は?今、なんと?」
父は、驚きを隠すことができなかった。あまりにも予想外であったからである。
「姫君にも、はっきりと伝えておきたくてね。」
サボは私の方に近づくと、片膝をついて、あのポーズをとった。3人目である。今週に入り、3人目・・・
「アイリス、君の成長を毎年、毎年、嬉しく思っていたよ。これからも、僕の近くで、僕と生きて、世界を旅しよう。アイリス、君を愛しているよ。僕と結婚してほしい。」
二つの茶色の瞳が、まっすぐ私をみつめた。
「師匠・・・無理です。」
「はは、即答か。まいったな。まぁ、想定していたけどね。」
そういって、私の言葉で傷つく様子もなく、すぐに立ち上がると、父に向かって話しはじめた。
「ギューエ公爵、驚かせてしまい、申し訳ありません。ただ、僕が真剣に求婚していることを、姫君にわかって欲しくて、らしからぬことをしました。自分は騎士でも、貴族でもありませんから。が、公爵に安心してもらう方が、後々僕を選んでくれた場合、よろしいかと思いまして。」
サボが、サボらしくないことをあえて行ったのは、公爵である父に合わせてくれていたのだ。
「公爵、僕には帝国の軍部や、皇族とも繋がりがあります。仮に、姫君が僕を選んでくれた場合には、赤の日の決定を取り消しにできるよう、働きかけます。できれば、帝国も、王国もない外国で暮らしたいと思いますが。」
父は、週の初めのレオンハルト皇子、今朝のソルディーエル、そして今、サボから求婚されることになった娘を、少しあわれんで見つめ、返事をした。
「まずは、娘の気持ちが第一です。私は、娘の意見を尊重したいと思います。」
「ええ、僕も焦っていませんよ。ここまで待ちましたからね。状況が変われば、姫君の気持ちも変わるかもしれませんし。姫君が、もし現状を変えたい、と思ったとき、僕を思い出してくれれば、と思っている次第です。」
そう、父に返答をすると、私の方をみて、真剣な顔つきで彼は想いを伝えてくれた。
「姫君、いや、アリエス嬢。本当に君を愛しているよ。・・・一度も僕の気持ちを、きちんと君に、伝えていなかったからね。冗談で受け取られていても、いけないから。僕が本気だということ、覚えておいて欲しい。返事は急がないよ。」
強気で迫ってくるようで、その実は私の意思を大切にしてくれている、優しい師匠。でも、今の私にはサボを積極的に選ぶことができない。
私の戸惑う気持ちを察したのか、話はそこまでとなった。サボを見送ろうと、玄関を出たところでサボはパチッと指を鳴らした。サボは振り返って、アイリスに近づいてきた。
アイリスの耳についている赤いピアスに目を止め、触ろうとする。思わずビクッとしてしまうと、サボはクッと、いつものように、笑った。
「アイツも必死だな。こんなエライもの、つけさせて。マーキングか。ははは。」
そして、アイリスの隣に立つと、髪をくしゃくしゃっと崩し、いつものように髪をカールさせて、イジワルに笑った。
「公爵に見られると、ちょっと、ね。」
周囲には、サボの発動した遮断魔法の影響で、二人がただ話しているようにしか見えなかった。
「姫、今日はもう少し、イイコトを教えようか。」
と、突然アイリスのぎゅっと抱きしめた。
「し、師匠。ダメです。私は今、レオンの婚約者だし・・・」
「君はその前に、僕の弟子だよね。弟子は、師から学ぶものだよ。さぁ、僕のレッスンだよ。口を開けて。」
サボはアイリスの顎をくっと上げると、唇を舌で舐めた。
「姫、この前の復習、したいけど。ダメ?」
「・・・ダメです。今日は、もう。そんな気分になれません。」
「はは、参ったな。姫はご機嫌斜めかな。僕の本気。理解していると嬉しいけど。」
そう言って、『赤の日』につけていた香水の匂いを、アイリスにまとわせて、サボはようやく帰っていった。嵐のような訪問であった。
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