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ソルディーエルのプロポーズ
しおりを挟む翌日、ソルが青い薔薇の花束を持ち、白い騎士の正装で私の家を訪れた。その服装は、かつてのサルベニア王国の騎士団が着ていたものを、彷彿させた。父も、目を細めて懐かしいものを見るように、ソルを見ていた。
「ギューエ公爵。本日は、大切なお話があって参りました。アイリス嬢と、お会いできるでしょうか。」
応接間に呼ばれた私は、ソルの姿と、そして薔薇の花束をみて、ギョッとしてしまう。これは、もしかすると大変なことが始まるのではないか。4日前のレオンのプロポーズを、思い出してしまう。
私が席に着いたところで、ソルは父に問い始めた。
「公爵、本日は、まずは公爵にアイリス嬢との婚姻の許可をいただきたく、伺いました。事情はご存じかと思いますが、このままの状態があと1週間も続けば、婚約式となります。」
「ああ、今回はずいぶんと振り回されているな。我が娘は。」
「私とアイリス嬢は、子どもの頃から、婚約状態ではありましたが、一度それは破棄されています。が、今回また、婚約することになる可能性が出てまいりました。ついては、もう一度公爵に一言、ご挨拶をと思い参りました。」
「かたじけない、挨拶は受け取ろう。君のことは、兄から託されている。これまでも我が子と思って、接してきたつもりだ。私も長いこと、娘と君が結婚し、家族となると思っていたからね。まだ不安要素はあるが、今回はそうなりそうな感じだな。」
父も複雑そうな顔をしている。まだ決まっていない未来について、語るのは苦痛でもある。
「騎士団の一部も、ララクライン嬢の行方を追っていますが、何分痕跡がきれいに消えています。実家のリード家が関わっているか、調べておりますが、リード家の醜聞につながることでもあるため、情報を得ることができません。」
「そうか・・・やはり難しいか。ところで君は、王政復古派を知っているか?」
父は、突然復古派について、ソルに問い始めた。ソルは、彼らにとって最も重要な人物でもある。
「実は、私も最近そうした動きがあることを知ったところです。」
「・・・君は、どう考えるのかな。」
「どう、とは?」
「王政復古派が力を付けた場合、どう、動くかということだが。」
「それは・・・まだ目に見えぬことに、はっきりとした意見を持てませんが。―――私としては、この身は、サルベニア王国民の励ましとなり、発展に寄与できれば、と思っています。今は、帝国に属することから学ぶことも多く、この体制を維持することが一番、かと。」
「そうか。私としても、幻想を追うより、現実をみてほしいと思っているのだが。また何かあれば、教えてほしい。」
「わかりました。―――公爵、少しアイリス嬢と話をさせていただいても、よろしいでしょうか?」
父の許可を得たソルは、私を連れてそう広くはない庭園に連れ出した。ちょうど、マロニエの木の花が満開になっていた。
「ソル、今日はマロニエの花が、ちょうど満開になっているわ。あの木陰がいいかな。」
二人で、木陰まで歩く。いろいろと話さないと、と思っても、言葉がでてこない。その沈黙を破ったのは、ソルだった。
「アイリス、私たちは今まで、お互い身近な存在すぎて、言葉できちんと表していなかったと反省してね。聞いてくれるかい?」
そう言うと、ソルは片方の膝をついて、視線を私と合わせた。私の手を、両手で包み込むように握った。
「アイリス・ギューエ殿。私、ソルディーエル・サルベニアは、貴方を愛してきました。そして、今後も愛し続けることを誓います。どうか、私と結婚してほしい。」
思えば、はっきりとしたプロポーズの言葉を聞いたのは、初めてだった。美しい白い騎士姿のソルが、マロニエの木の下で、私にプロポーズしてくれる。それを、かつての幼い私は、とても憧れていた。―――そう、憧れていた。
この言葉を、あの憧れていたころに聞くことが出来ていれば。もし、私がレオンと急接近する前であったら。ソルを、一番大切な人と素直に考えて、アンケートにも、その名前をはっきりと、婚約したい人の欄に書いていたのかもしれない。
しかし、時を戻すことはできない。今、私の心の中には、はっきりとレオンがいる。今は、ソルのプロポーズに答えることはできない。ソルの真剣な想いに、答えられない・・・その事実は、私が思っていた以上に、私にとって苦く、痛かった。
私の頬を、涙がつたう。答えられない答えが、涙になっていた。
「―――今、答えをくれなくてもいい。私が、気持ちを伝えたかったのだ。何もなく、婚約式となるのは、心外だったからね。婚約式で、宣誓してくれればいいよ。」
ソルは、サッと立ち上がると私の紫の瞳をまっすぐ見つめた。そして、ふと目をそらした。
「さぁ、行こう。公爵ともう少し、今後のことの話をしたいからね。」
前を歩く、その紺碧の瞳に一筋、涙が流れたのを、誰も気づくことができなかった。
ソルは、私の瞳の奥に、誰がいるのかを察していた。そして、私の涙の意味も。それがどれだけ、彼を傷つけただろうか。その時の私には、それに気づくことも、思いやる余裕もなかった。
マロニエの花は、私たちが幼い頃と同じく、やさしく咲いていた。そして、私たちを密かに見つめる茶色い目が、鋭く光っていた。
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