上 下
18 / 67

ファーストキス

しおりを挟む

 サボにひっぱるように連れ出された先は、いつも定宿としている宿屋の食堂だった。宿の主人が経営する食堂の魔物料理は、辺り一帯では有名であった。

「師匠、いきなり来て、驚きました。来ることがわかっていたなら、いろいろと準備していたのに。」

「僕こそ、やっと辿り着いたと思ったら、姫がソルディーエルでもない男とキスしていて、びっくりしたよ。まぁ、ソルディーエルだったとしても、邪魔していたけどね。」

 にやりと笑ったサボは、黄金の髪をくしゃくしゃっとしながら、人懐っこい笑顔でアイリスをみた。

「で、どちらが本気の相手かな?銀か、黒か。」

 流れるような銀色の髪に、紺碧の瞳をしたソルディーエル王子。漆黒の黒い短髪に、燃えるような赤い眼のレオンハルト皇子。

どちらが本気の相手と聞かれても、アイリス自身、まだ答えがわからない質問だった。

「その顔は、どちらでもない、かなぁ。」

 サボは、茶色の目でアイリスを面白そうに眺めると、食堂へ一緒に入るように招いた。

昼間は定食を出しているその食堂は、夜は冒険者や労働者などに、ボリュームのある食事と酒を提供する店だった。貴族などが出入りするようなレストランとは違い、少しばかり騒々しかった。

「さ、僕のかわいい姫君。お腹がすいているよね、食事にしよう。姫君は、こんな店でも良かったかな。」

「もちろん、大好きですよ。さすがに夜に来たのは、初めてだけど。」

 普段は、学生寮の食堂で済ませることが多い。出かけるとしても、ソルが傍らにいては、どうしても品のいいレストランを選ぶことになる。だが、妖銃使いを目指しているだけあって、アイリスは常識破りの姫であった。

「あと師匠、その姫君、はいいかげん止めてください。もう、姫ではありませんし、師匠の前では、ただの出来損ないの弟子です。」

「姫君がだめなら、どう呼ぼうか?スイレンの君?それともアイちゃん?」

「どれもダメですよ、普通にアイリスと呼んでください。」

「それでは、面白くないよ。まぁ、呼び方はともかく、食事にしよう。僕も長旅から到着したばかりだから、疲れていてね。今日は遠慮なく食べていいよ。」

 サボは食堂のメニューを見るまでもなく、名物の魔獣のステーキを注文していた。アイリスも、師匠と同じものを半分の量で、と指定して注文した。

サボはソルほどの上背はなかったが、普段は傭兵として活躍するほど、兵士としての体格であった。自ずと、食事の量も多い。

「そういえば、姫はもう18歳になったのかな?」

「はい、先月ようやく18歳になりました。もう成人なので、ワインも飲めるようになりました。」

「そうか、それは良かった。では、早速祝杯を上げよう。」

 ボトルワインを注文したサボとアイリスは、乾杯、とお互いワインの入ったグラスを持ち上げた。

「師匠のおごりで、ワインをいただけるなんて、明日は空から槍が降ってきそうですね。」

「姫君のわがままは、何でも叶えてあげるよ。ワインがお望みなら、姫の生まれた年のワインでも奢ろうか。」

 アイリスにとって、サボはソルディーエルとも、ラインハルトとも違い、大人の男性の魅力に溢れており、尊敬の対象であった。

自分がギリギリになるまで追い込まれても、必ず助けてくれる。妖銃使いの師として、時に厳しく、時に優しく指導してくれる。

―――その茶色の瞳に、昔、恋をしていた。結ばれることは出来ないけれど、恋焦がれていた。

以前、そう思って見上げた時、サボは一度だけ、口づけをしてくれた。ちょっとお酒の味がするキスであったが、アイリスにとってファーストキスだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

処理中です...