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森の奥の屋敷8
しおりを挟む穏やかな日々を過ごしていると、音楽会の日はすぐにやってきた。
爽やかな風の吹く晴れた日に、森の奥にある屋敷に人が集まっている。普段は静かな森に、人々の声がこだまする。音楽会の開催のために、王都からかつての仲間とその家族が集まっていた。
——あぁ、とうとうこの日が来てしまった。
今日はレオナルドと過ごす最後の日になるだろう。だからこそ、ユリアナは努めて明るく過ごすことに決めていた。
「まぁ、ユリアナ! とっても綺麗よ」
「本当、白いドレスがとても素敵だわ。さすがセシリア様のお見立てね」
かつての令嬢たちは口々にユリアナを褒め、変わらない美しさを称えた。レオナルド王子が身分を捨てて得た恋人、そんな見出しの新聞記事が未だに出るほど、二人の恋愛話は有名だ。
ユリアナは白のチュールレースを重ねたドレスを贈られていた。手触りがとても柔らかく、緻密に編まれたレースは触れることでユリアナもその美しさを想像することができた。そしてユリアナのドレスと対になるように、黒の礼服がレオナルドにも贈られていた。
仕立屋のモンドール氏が作成したドレスと礼服だった。どうやらフェリシアは他の仕事を任されたため、ユリアナとレオナルドの服には関わることはなかったと言っていた。正直なところ、少しだけほっとしている。
今日はきっと、最後となる思い出の日だから、余計なことを考えたくなかった。
「ユリアナ、今日は白い妖精のように美しいよ」
「……っ、ありがとう」
レオナルドはユリアナの耳元でそっと囁くと、頬をするりと撫でる。彼の愛情を感じて、思わず頬を桃色に染めた。
——でも、これで最後だから。
明るく笑いながらも、心の中にはまだ雪が溶けずに残っている。お忍びでスカラも神殿を抜け出して遊びに来ていた。挨拶をするときに、どうにかして二人きりになりたい。
ガーデンパーティーの開催されている庭の隅で彼女は、緑のローブを着て悠然と座っていた。
レオナルドがエドワードに呼ばれた隙に、ユリアナはスカラのいる方向へ向かって歩いていく。すると彼女に気がついたスカラが、近寄ってくると声をかけた。
「ユリアナ、久しぶりね」
「この声は、スカラ様でしょうか?」
「あぁ、招待してくれてありがとう。やっと休みをつくってきたよ。ここは本当に森が素晴らしいね」
「ようこそお越しくださいました。そう言って貰えると嬉しいです」
ユリアナは周囲にレオナルドの気配がないことを確かめると、声をひそめてスカラにお願いした。
「スカラ様、お伝えしたいことがございます。今、二人きりのようですから、よろしいですか?」
「あぁ、どうした? とうとう神殿に来る決心ができたとでも?」
「ええ、そのことをお話したくて。どうか、今日の音楽会が終わった後に私を神殿へ連れて行ってください」
「……! なんと、本気なのか?」
スカラは声を固くした。ユリアナが並々ならぬ決心をして告げていることに気づき、言葉を失くしている。
「はい。この屋敷を出たいのですが、ひとりではどうにもできません。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかお願いします」
「……レオナルド殿は知っているのか?」
「彼にも、誰にも告げる気はありません」
スカラはほう、と息を一つ吐くと、ユリアナの手をそっと握りしめた。
「何か事情があるのだろうが、今は聞くまい。音楽会が終わったところで、隙を見て私がユリアナの手を握ろう。それが合図だ」
「スカラ様、ありがとうございます……!」
スカラの少しかさついた手の感触を、忘れないでおこうとユリアナは両手を添えて握りしめた。
「問題は、あの狂犬だな……」
「スカラ様?」
「いや、こっちのことだ。ユリアナ、来てくれたら助かるよ。神殿は歓迎しよう」
「でも、本当にいいのですか? 目も見えず、足も悪いのでご迷惑ばかりかと」
「そんなことは気にしなくてもいい。出来ることは限りなくある」
「……っ、ありがとう、ございます。その言葉だけでも嬉しいです」
こんな自分でも、役立つことがあると言ってくれる。今日、この音楽会が終わったら、気持ちを切り替えて生きていこう。そう思ったところで後方からレオナルドの声がかかる。
「ユリアナ、こんなところにいたのか。スカラ殿と話していたのか?」
「え、ええ。久しぶりにお会いできたから、嬉しくて」
「……そうか。スカラ殿も、はるばるお越しくださり歓迎します」
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