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盲目の聖女20

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「……冷えるな」

 王宮からアーメント侯爵邸に向かい馬を走らせ、レオナルドは林の中を通っていく。粉雪が舞う中、まっすぐな道は白い雪で覆われ、黒々とした木々の枝にも積もっている。黒の騎士服を着た男は、ひたすらに前を向いていた。

 ——俺は、ユリアナを辛い目にあわせてばかりだな……

 手綱を引き寄せ、レオナルドは曇った空を見上げる。ブルルッと馬が息を吐くと白い空気が流れていく。

 誰か、教えて欲しい。

 ユリアナが目覚める為なら、自分は何でもする。代わりに身体を捧げることで助かるなら、いくらでも捧げよう。だが、問いかけても答えは聞こえてこない。ただ、白い雪が目の前を待っているだけだ。

 ——ユリアナ。頼むから目を覚ましてくれ……

 眦から、一筋の涙がこぼれ落ちていく。狂戦士と呼ばれた男が、背を震わせている。

 冷たい雪がポツリ、ポツリと頬に落ちると、レオナルドは目を閉じた。

 弱音を吐くのは、今だけだ。ユリアナの前では、もう二度と悲しみの涙を見せないと決めている。彼女に顔を触れられた時、不覚にも泣いてしまったことをレオナルドは後悔していた。

 彼女は目が見えないことで、人の心の機微に聡くなっている。悲しみという感情にも同調しやすいから、気をつけないといけない。

 ——俺は、彼女を守る杖になるために、傍に行くのだ。

 決して、同情したから行くのではない。贖罪でもない。……愛しているからだ。

 雪が舞い散る中、冷たい空気に晒されてもレオナルドの胸の内には決して消えることのない熱がある。この熱で、彼女の中に残る氷を失くしたいのに、もどかしいほどに溶けずに残っている。

 男は再び手綱を引くと、雪の上をすべるように駆けだしていった。





 アーメント侯爵邸に到着すると、レオナルドは当主である侯爵に挨拶に向かった。

「閣下、もう一度私を護衛騎士として雇ってください。……そして、ユリアナ嬢の傍にいさせてください」

 審問会を欠席していた侯爵は、会議の議事録に目を通していた。また執事からも事情を聞いている。ユリアナが大法廷という場でレオナルドへの愛を告白したことを、重く受け止めていた。

「レオナルド殿下、恐れ多いことです。いくら王籍を離れると言っても、あなたはこの国を救った英雄のひとりだ。我が家が独占するわけには」
「もう、騎士団は辞任してきました。戻るつもりはありません」
「だからといって、殿下ほどの腕前の人を我が家に迎えるとは」
「もう、王子ではありません。ただの男です。それに、私有財産もほぼ取り上げられてしまいました。この身体しかもう、残っていない。それでも、ユリアナ嬢の傍に侍ることをどうか許して欲しい」
「……そうですか。そこまで言われるなら」

 アーメント侯爵はレオナルドを迎え入れた。ユリアナ専属の護衛騎士となり、彼女の眠る寝室へと向かう。

 そっと扉を開けると、侍女のひとりが様子を見ている。レオナルドは彼女に声をかけると、見張り役を交代した。ゆっくりと息をするユリアナの顔色は悪くない。いつ目が覚めてもおかしくない様子に安堵して、短く息を吐いた。

「ユリアナ、侯爵に認めて貰えたよ。……一緒に、森の屋敷へ帰ろう」

 侯爵はレオナルドが自粛を命じられたことを考慮して、ユリアナを森の奥へ移すことを決めた。空気のきれいな土地で、彼女をゆっくりと休ませたい。

 レオナルドはユリアナの頬をゆっくりとなぞると、額にそっと口づけた。おとぎ話のように、王子様のキスで目覚めればいいのに。残念ながら自分はもう王子ではないが、ほんの少し前までは王子だったから許されないだろうか。

 そんなことを思いながら、水差しの吸い口から水をゆっくりと移そうとするが、上手く飲み込んでくれない。コップから口に含むと、レオナルドはユリアナの顎を持って少し開き、口づけて水を移す。

 ごくり、とユリアナが少しだけ水を飲んだ。

 すると瞼が震え、口元が少し動いている。

「ユリアナ?」

 もう一度水を口に含み、少しだけ口に移していく。再びユリアナの喉が上下に動いた。

「ユリアナ、ユリアナ?」

 ——目を、覚ましてくれるのか?

 レオナルドはもう一度額に唇を落とし、ユリアナが目覚めるようにと祈る。ピクリと頬の筋肉が動いたように思って顔を離すと、ユリアナの瞼がゆっくりと持ち上がる。

 以前と変わらない、美しい紫の瞳が現れた。そして口を開き、唇を動かして顔を横に向ける。

「気が、ついたのか? ユリアナ?」

 意識を取り戻したユリアナは、寝具の中から腕を出して、レオナルドの方へ手を伸ばした。

「レオナルド、殿下……」
「ここだ、俺はここにいる。……ユリアナ」

 差し出された手をとり、レオナルドは自らの頬に彼女の手のひらを触れさせた。するとユリアナは顔をゆっくりと微笑ませ、再会を喜ぶように目を細めている。

 レオナルドは眉尻を下げ、もう泣かないと決めていたのに情けない顔をしながら細い声を出した。

「ユリアナ、よかった、ユリアナ……!」

 ユリアナの手が、レオナルドの目尻から止めることのできなかった涙の雫で濡れていた。

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