30 / 67
盲目の聖女1
しおりを挟む翌朝、ユリアナはわずかに朝日を感じて目を覚ますと、寝台の上に残されていた鈴がチリンと鳴った。手を伸ばして鈴に触れると、固い音が鳴る。
——あぁ、もう彼はいないのね。
男は何も告げずに部屋を出て行った。シーツには男の温もりも何も残っていない。ただ、鈴だけが置いてあるだけだった。
ユリアナはふぅ、と息を吐きながらお腹に手を当て、下腹部に残る異物感を確かめるようにそっと撫でた。身体は拭き清められているのか、べたつきは残っていなかった。
自分さえ何も言わなければ、当面は何も変わらないだろう。今すぐに『純潔を失った』ことがわかれば、神殿は相手である護衛騎士のレームを探すだろうが、それはレオナルドを追い込むことになる。
時が経ってから父に伝えれば、きっと上手に隠してくれるだろう。元々「レーム」という護衛騎士は存在しないのだから。そうすれば、神殿も諦めるに違いない。
——もう、私は聖女ではないのだから……。
ユリアナは最後に視た先見の映像を思い出した。精悍な顔つきをしたレオナルドが、後ろ姿の女性に満面の笑みを見せていた。
——こんなにも、幸せそうな顔をしている殿下を視ることができたのだから……
レオナルドの幸せを願わずにはいられない。昨夜は自分のわがままに付き合わせてしまったけれど、これから彼は自分の妻となる白い髪の女性を見つけ出し、彼女に幸せそうに微笑むのだろう。
ツキンと胸が針で刺されたように痛む。昨夜、自分を求めて情熱的に抱いてくれたように、彼が他の女性を抱くかと思うと身が焦がれるように切なくなる。
けれど、一度だけでも抱いてくれたことに感謝しなくてはいけない。いくら王族とはいえ、聖女の純潔を奪ったことが表明すれば何かしらの罰を受けることになる。けれど、レオナルドが自ら言わなければ、ユリアナの先見の力が失われたことは秘密にできるはずだ。
万が一、明るみにでたとしても王族である彼であれば、神殿の攻撃からは守られるだろう。
父はそのことを考えて、彼を送り込んだのかもしれない。……父はずっと胸に秘めて来た、ユリアナの恋情を知っているに違いないのだから。
ユリアナは朝日を遮断するようにそっと目を閉じた。
聖女の力を失った自分がどうなるのか、何もわからない。それでも自分にとって最初で最後の男が、レオナルドで良かったと心から思う。
手の中の鈴が零れ落ちていく。チリリン、と鳴りながら床に転がっていく鈴の音に、もうこの音を鳴らすレームは消えたことを実感する。
「寒い……」
何も映すことのない瞳の眦からは、涙がとめどなく流れていく。この想いは、雪解けのころには全て溶けているだろうか。白く冷たい雪のようなこの恋を、いつか手放すことができるだろうか。……もう、彼には二度と会えないのだから。
——泣くのは、今だけだから。今日だけは、泣いてもいいよね……。
外は新しい雪が森の中の屋敷を閉じ込めるように深々と降り積もっている。今は屋敷を覆うように降る雪も、春が来ればいつか溶けてなくなってしまう。そんな雪のように、この想いもなくなる日がくるだろうか。
その日、ユリアナは横笛を吹くことができなかった。
3
お気に入りに追加
474
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい
青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。
ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。
嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。
王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる