20 / 67
沈黙の護衛騎士20
しおりを挟む初めて淹れてくれた紅茶からは、格段に上手になっている。もう、茶器を扱う時に音を立てることもない。ユリアナは部屋中に満ちる香りに満足しながらテーブルに近づくと、カップを渡そうとした男の手に触れてしまう。
男は手袋をはめていなかった。彼の素肌に触れた瞬間、ユリアナは大きく目を見開いた。
——あああ!
ぱあっとユリアナの目の前に映像が広がっていく。たくさんの陽の光を受けて輝く、小麦色の髪をなびかせたレオナルドが笑っている。
——まさか! 彼は!
ドクっと全身の血が激流のように身体を巡る。
ユリアナの見た映像にはレオナルドが映っていた。ということはレームは、声の出せない護衛騎士はレオナルドということだろうか。今、目の前に広がった映像は間違いなく先見した未来だ。それも、手を触れた男の未来に違いない。
——レオナルド殿下が、……ここにいる!
なぜ、どうして彼が自分の傍にいるのだろう。かつての彼はすらっとした青年だった。騎士団に入りかなりの武功を立てたと聞いているけど、あんなにも体つきが変わるものだろうか。
……本当にレームはレオナルド殿下なのだろうか。
だがレオナルドであれば楽譜が読めることも、紅茶を淹れるのが下手だったことも、指導が厳しいことも納得できる。負けず嫌いで完璧主義なのも……、ちょっとだけ理解できる。
ユリアナは落ち着かなくなり、カップを持つ手をカタカタと震わせた。いつもと違う様子にレームが傍に近寄るが、何も言えずユリアナも口を開かない。
ユリアナは先見した映像を振り返っていた。
彼の後方には司祭服を着た人がいて、目の前には白い髪の女性が向き合って立っていた。後ろ姿の為、彼女の顔は見えないけれど服装からするときっと、結婚式の光景で……彼の妻となる女性だろう。
——殿下はとても、幸せそうだわ。笑って新婦となる女性を見つめていた。
自分とは違う、光を受けて白く輝く髪の女性を優しく見つめていた。心臓をキュッと掴まれたような痛みを覚えながらも、ユリアナは心から安心して呟いた。
「……良かった」
レオナルドの未来が幸せで良かった。かつてのように、危険な未来を視なくて良かった。以前と違い、この先見の内容を決して変えたくはない。——彼には何としても幸せになって欲しい。
ポツリと零した声をレームは拾うけれど、問いかけることはない。ただじっと、ユリアナの傍に沈黙して立っていた。
冷めた紅茶を口にしたユリアナは、傍に立つ男に震える声で問いかけた。
「明日、帰るの?」
チリン、と鈴が鳴る。彼が傍にいられるのは、今日で最後となる。レオナルドが来た理由を知りたいけれど、声を出さずにレームという護衛騎士に扮しているのは、ユリアナに正体を明かさないためだろう。きっと何か事情があるに違いない。
ユリアナは黙ったまま、……レオナルドをレームとして扱うことに決めた。
——贖罪、なのかもしれない。
二年前、王宮で会った時に彼は「杖になりたい」と言っていた。それを、十日間だけでも行うことでユリアナの犠牲に報いたいのだろうか。——そうとしか思えない。
危険な状況に陥ったことは何らレオナルドの罪ではないけれど、彼のために自分が犠牲になったことは否めない。きっと、良心の呵責があったのだろう。
——だとしたら、少しくらいわがままを言ってもいいかな……。
一日だけでも、彼に思いっきり甘えて過ごしてみたい。幼い頃のように、彼と過ごしてみたい。
「ねぇ、レーム。今日が最後だから……、貴方に甘えてもいいかしら?」
これまでもかなり我儘を言っているのに、さらに甘えたいと言うユリアナの言葉を聞き、男はビクッと身体を震わせた。だが、否定することはなくチリンと鈴を一度だけ鳴らす。
「だったら、私。一度でいいから野外で演奏してみたいの。バイオリンが確か倉庫にあったけれど、レームは弾けるかしら?」
レオナルドであれば、問題なくバイオリンを弾けるだろう。久しぶりだとしても『鳥は空へ』も演奏できるに違いない。チリン、と鳴る鈴を聞いたユリアナは、さっと立ち上がると外套を取りに行く。
「時間がもったいないわ、さっそく庭に行きましょう!」
頬を桃色に染めたユリアナは、水を得た魚のように生き生きとした顔になった。
3
お気に入りに追加
474
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい
青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。
ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。
嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。
王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる