上 下
7 / 67

沈黙の護衛騎士7

しおりを挟む

 セイレーナ王国は周辺国と違い、国王中心の絶対王政ではない。

 地方を治める貴族から成る貴族院と、民衆の信心を扱う神殿、そして外交と軍事を司る王家がそれぞれ同等の権利を持っている。対外的には王家が国の代表となっているが、三つの権力は分立し、互いに協力や監視をしながら国を治めていた。

 貴族院の議長、神殿長、そして国王による合議制という独特の政治体制は先進的であり、国を豊かなものとしていた。だがそのために隣国による侵略行為もあり、辺境では気の抜けない状況が続いている。

 それでも王都では平和な日々が緩やかに流れていく中で、ユリアナは音楽会の当日を迎えていた。

 瞳と同じ紫色のドレスを着たユリアナは、普段はおろしている髪を上げ編み込むようにしてまとめている。真珠のネックレスが白い肌に映え、清楚な雰囲気を醸し出していた。右腕にはレオナルドから貰ったブレスレットをはめ、爪を桃色に染めていた。

 王宮に着いたら最後の練習のために、レオナルドの控室に来るように言われている。本番を前に一度、彼に横笛の練習の成果を聞かせて欲しいと伝えられていた。

 普段より大人びた姿のユリアナが部屋へ入ってくると、レオナルドはゴクリと喉を鳴らして立ち上がる。そして彼女に近づくと顔を寄せて耳元で囁いた。

「ユリアナ、今日は……凄く綺麗だ」
「殿下にそんなことを言われるなんて。……初めてです」
「っ、ごめん。前から思っていたけど、今日は特に綺麗だ」

 最近ぐっと背の伸びたレオナルドは、細身の身体に合わせて仕立てられた白の豪奢なフロックコートを着ている。同色のクラバットにはアメジストの宝石のついたピンが使われ、正装をまとった姿は普段以上に大人びて美しい。

 ——私のこと綺麗って言うけど、殿下は私の何倍も素敵だわ。

 普段はつけていない香水を使っているのか、香りのよい柑橘系の匂いがする。爽やかな彼らしい、清涼感のある匂いに思わずトクリと胸を高鳴らせた。

「さぁ、音楽会の前にユリアナの音を聞かせて欲しい」

 青年になったばかりのレオナルドは、耳元を赤く染めながらユリアナに手を伸ばした。カエルを渡したかつての少年は、照れくさそうにしながら細い手に触れる。

 その瞬間、ユリアナは鮮明な映像を見てしまう。

 王家の紋章のついた馬車が、武装した集団に囲まれていた。黒い装束を着た者たちは、顔を覆うようにしていて何者かわからない。首領らしき者が「この馬車の中に王子がいるはずだ、引きずり出せ」と言っている。

 馬車の中にはレオナルドがいて、驚いた顔をしていた。そして武装集団に手足を縛られると、連れ去られていく。彼を攫うことが狙いだったのか、集団はすぐに引き上げていった。

「あ、ああっ……!」
「ユリアナ、どうした、大丈夫か?」

 いきなりうずくまるユリアナを心配したレオナルドは、同じように膝を屈め彼女の手をとった。するとユリアナは目を潤わせ、声を絞り出すようにして彼に訴えた。

「レオナルド殿下、明日は出かけるのをお止めください」
「……それは、どうして?」
「殿下の馬車が襲われます。……殿下は、誘拐されそうになっていました」
「なぜ明日だと?」
「殿下は黒の喪服を着ていました。確か、祖父であられる先王様の命日ではないかと」

 王子は一瞬息を呑んで、ユリアナをじっと見つめた。琥珀色の瞳が紫の瞳に真実かどうかを問いかけている。

「なぜ、ユリアナがそれを予言できる」
「……っ、私には先見の力があるから」

 ユリアナは項垂れるようにして下を向いた。決して他言してはいけないと、きつく言われている。それも、王族には決して悟らせてはいけないと父は言っていた。それでも、伝えずにはいられなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

いつかまた、キミと笑い合いたいから。

青花美来
ライト文芸
中学三年生の夏。私たちの人生は、一変してしまった。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

〖完結〗残念ですが、お義姉様はこの侯爵家を継ぐことは出来ません。

藍川みいな
恋愛
五年間婚約していたジョゼフ様に、学園の中庭に呼び出され婚約破棄を告げられた。その隣でなぜか私に怯える義姉のバーバラの姿があった。 バーバラは私にいじめられたと嘘をつき、婚約者を奪った。 五年も婚約していたのに、私ではなく、バーバラの嘘を信じた婚約者。学園の生徒達も彼女の嘘を信じ、親友だと思っていた人にまで裏切られた。 バーバラの目的は、ワイヤット侯爵家を継ぐことのようだ。 だが、彼女には絶対に継ぐことは出来ない。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 感想の返信が出来ず、申し訳ありません。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

婚約者を捨てて妹に乗り換えた旦那様

新野乃花(大舟)
恋愛
ノリントン伯爵はエリステラとの婚約関係を結んでおり、その関係は誰の目にも幸せそうなものだった。しかしある日、伯爵は突然にエリステラとの婚約関係を破棄してしまう。その新たな婚約相手は、他でもないエリステラの妹であるアリスだった…。

処理中です...