怜悧なエリート外交官の容赦ない溺愛

季邑 えり

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1巻

1-1

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「……ふわぁぁ……」

 ここはアミュレット王国王都に三つある冒険者ギルドの中の一つ、比較的貴族街の近くにある通称青のギルド。

 通称名の青は、水属性魔法の得意なゲイル侯爵家が近くにあるから……ということではなく、このギルドの建物の屋根が青いから。ただそれだけ。

 ちなみに、あと二つあるギルドは、赤と黒であるが、意味はここと一緒、屋根や建物の色からそう呼ばれているだけである。

 その青のギルドの一角、入口からすぐに作られている、いわゆる受付席に座っている、「受付嬢」。

 その可愛らしい?受付嬢の口から、それなりのボリュウムで聞こえてきたのは、まごう事無き欠伸の声である。

 今の時間は、まだ昼食前。

 ここ冒険者ギルドの中では一番暇な時間と言えるかもしれないとき。

 早朝の依頼受注ラッシュと、夕方、王都の閉門時間前後の依頼確認ラッシュの狭間の時間。

 一日中開いている冒険者ギルドの、夜間から早朝シフトについた者にしてみれば、もうすぐ下番前の一番疲れが出てくるときであったりする時間。

 閑散としたギルド内を眺めながら、目の端に溜まった涙をぬぐって、もう一つ生まれてきそうだった空気の塊を飲み込むことで意識を覚醒させた彼女は、背後に設置されている時計に目をやって、この苦行の長さを確かめたのだった。

 どこの国でも、冒険者ギルドの受付嬢という職を得ることは、なかなか難しい。

 受付という性質上、生まれながらの貴族のお嬢さんでは、まず自分よりも身分の低い民人に頭を下げることを良しとしない。

 建物の入り口で、人を中に入れることができなければ、どのような業務もできなくなる。

 必然的に、どのような者にでも、取り敢えず笑顔で頭を下げることを厭わない人物でなければ受付という仕事はできないのである。

 その上、見た目もあえて威圧を与えるという意味が無いのであれば、美しいことに越したことは無く、その上ある程度物騒なことが想像できる場所であるので、肝が据わっていることとある程度腕っぷしが無いと、これもまた勤めることが難しい職場であるのだ。

 であるのに、なぜ冒険者ギルドの受付嬢が若い女性(平民の)にとって羨望の仕事であるのか?

 それは、ただ一つ、『玉の輿に乗れる確率がどの仕事をするよりも高い』と思われているからである。

 何も貴族に嫁ぐことだけが玉の輿ではない。

 身分の差を超えた結婚ということについては、夢を見ている者も一定数居るかもしれないが、ほとんどの乙女は結構現実を考えていて、その結婚が物語ほど幸せになれないかもしれないということを、本能で知っていたりするものだ。

 では、受付嬢達の言う玉の輿とは?

 身分ではなく、はっきり言って『金』である。

 どれだけ裕福になれるかと言うこと。これ一点と言っても過言でない。

 そこで、手っ取り早くこの世界で金持ちになるには?

 男児であれば、身分関係なく冒険者!

 女子であれば、その妻!

 となるわけで、すでに高ランクの冒険者に近づくにしても、将来有望な高ランク冒険者の卵に近づくにしても、ギルドの受付嬢ほど、その確率の高いところにいる者はいないわけで……。

 冒険者ギルドの受付嬢の椅子の奪い合いは、どの国でも厳しいものとなっているのだ。

「……が、どこにもそんな将来有望な男なんて居ないのよね……」

 せっかく、この王国の冒険者ギルドの中でも、比較的貴族街に近いこの「青」に、有望な冒険者が多くいると聞いて、何とか「黒」から移動してきたのに、結局どこでも冒険者は品がないむさくるしい男ばかり……。

「ため息と共に欠伸だって出ちゃう」

 今この場に居るのはシフトが変わるのを待っている一人だけ、それ以外の受付嬢たちは、今朝受けた依頼や割り振った依頼の確認のため、受付カウンター前のこの場には居なかった。

 受付に設けられている衝立の中で、机に肘をついてだらしなく椅子に座っているときに、ギルドの扉のきしむ音がしばらくぶりに聞こえたのだった。

 

 
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