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結婚披露宴①

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 短い夏が過ぎ収穫の季節を迎えると、バルシュ領の各地で祭りが開催される。今年は特に、領主であるルドヴィークの結婚祝いを兼ねるため、かつてない規模で催されていた。

 バルシュ城も普段は閉じている門を解放し、領民たちを招いている。城の中央にあるバルコニーに二人で立つと、広い園庭に敷き詰める人々を見渡すことができた。

 ルドヴィークと結婚してから半年が過ぎ、今日は結婚披露宴。白く輝く布地をふんだんに使ったドレスに、星を散りばめたようなティアラをつけている。さくらんぼ色の髪はカールをつけ、下におろしていると風を受けてふわりと広がった。

「ルドヴィーク様、こんなにも皆さんからお祝いされるなんて、嬉しいです」

 頬を染めて隣に立つ夫を見上げると、ドレスと揃いの白の軍服を着た彼が朗らかな笑顔で見つめてくる。金色のサッシュを斜めにかけ、先の紛争で得た勲章をつけていた。それらが太陽の光を受けると、キラリと輝き威光を見せつけている。彼の長くまっすぐな黒髪が風になびいていた。

 呪いが解けた後のルドヴィーク様は、美麗な素顔を見せるようになった。だがそれも、結婚して愛妻にぞっこんな証拠として言い広められている。

 今や誰も『冷酷な辺境伯』などと噂することはない。年下の愛妻の尻に敷かれているからと、『尻敷の辺境伯』とちょっと意味わかんない二つ名で呼ばれることがあるらしいけれど――

「アリーチェ、ほら。皆、君の姿を見たいと集まってくれた」

 白い手袋をはめた彼が、私の腰もとに腕を回す。ルドヴィーク様が愛おしそうに私の頬にキスをする度に、領民からは黄色い歓声が上がっていた。

「も、もう……ルド様、顔がふやけてしまいます」
「アリーチェには、どれだけキスをしても、し足りないくらいだ」
「そんなこと言って」

 二人でいちゃついていると、更に口笛まで聞こえてくる。いつまで顔見せをするのかと思っていると、警備をしている辺境騎士団たちが足を踏み鳴らし始めた。

 ダン、ダンッとリズムよく足踏みすると、集まった領民たちも真似をし始める。彼らの振動が伝わるほどの熱狂の中、ルドヴィーク様は私の膝裏に手を伸ばし、横抱きにした。

「ひゃぁっ」
「ほら、首にしっかりつかまって」

 屈強な身体つきをした彼はぶれることなく、私を持ち上げている。歓声に応えるように、ルドヴィーク様が私に口づけた。

「んっ……んんーーーーっ!」

 振りだけでいいと思うのに、なんと舌を絡めるほど深く貪られる。こんな大勢の前でキスするなんて――

「もうっ、これ以上はだめですっ!」
「なんだ、残念だな」

 口を離した途端文句を言うと、ルドヴィーク様は形の良い口角を上げてくくっと笑った。

「アミフェ姉さまが近くにいるはずだから、真似をされたら困ります。姉さまはミセツケの達人だから、卑猥になるギリギリのところまでしてしまいそうで……」

 口をすぼめて伝えると、ルドヴィーク様は一瞬ぎょっと驚く顔をした。

「達人、なのか」
「はいっ! なのでイマラチオとかエスエムとか、まだわからないことが沢山あるので、教えて貰うつもりです!」

 今回はお父様とアミフェ姉さまが遠路はるばる訪れている。披露宴の準備が慌ただしくて、まだ顔を見ていないけれど、既に到着しているハズだ。弟はまだ小さいため、今回はお母様と領地に残っている。

 嬉しくて顔がついつい緩んでしまう。するとルドヴィーク様ははぁ、と小さくため息を吐いた。

「……頼むから、怪しいことだけは止めてくれ」

 と言いながら私を降ろすと、最後とばかりに領民に向かい大きく手を振り始める。私も同じように手を振ると、人々も手を振り返してくれた。

「そろそろいいだろう」

 私の腰に手をあてると、ルドヴィーク様は向きを変えてバルシュ城の中へ入っていく。これからは城の大広間で、地方から来た来賓の方々への挨拶となる。

 私は気を引き締めると、ルドヴィーク様の隣に立った。

 私達のすぐ傍に立って護衛していた騎士団長が、ニヤッと笑ったような気がするけれど……きっと、気のせいだと思いたい。


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