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初恋の真実①
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私達は彼の後ろ姿が小さくなるまで、朝焼けの中を見送っていると、ルドヴィーク様が私の腰を引き寄せる。
「ルドヴィーク様……あんなこと言って、姉が本気になったら困りますっ」
「あいつもアミフェ殿に会えば、真実を知るだろう。いい機会だ。あいつは俺が女を抱けないのを知って、操立てをしていたんだ。もう、解放してやらないとな」
それって、女の人が亡くなった夫に立てるものでは……と思うけれど、この二人の絆はそれだけ強いということだろう。
ゼフィールはルドヴィーク様の初恋にこだわるほど、純粋な人なのだ。と、思ったところで。
「そういえば、ゼフィールが言ってました。ルドヴィーク様には初恋の人がいるから身を引けと」
「なっ、なに?」
いきなり初恋の話を振られ、ルドヴィーク様は酷く動揺している。何かやましいことでもあるのだろうか。これまで気にしていなかったけれど、そんな態度を取られると気になってくる。
「いや、それは、まぁ……それだ。うん」
「……」
こんな時、どういえばいいのだろう。初恋なんて思い出の中のことだろう。でもあれだけゼフィールがこだわっていたくらいだから、どんな人だったのか知りたいと言えば知りたくなる。
「今はアリーチェだけだ」
「……でもゼフィールはハンカチがどうとか言っていました」
するとルドヴィーク様はギクッと身体を震わせた。
「気になるのか?」
なるのかならないのか、と聞かれれば気になる。私は素直にコクンと頷くと、ルドヴィーク様はふっと短く息を吐いた。
「わかった。ついてきてくれ」
ルドヴィーク様は私の手をとると、自室に連れていくように歩き出した。きっと思い出の女の人なのだろう、興味はあるけれど、知りたいような知りたくないような気持ちになってしまう。
早朝の城内はひっそりとして、窓からは冷たくて清らかな空気が流れている。彼の部屋に着くと机の引き出しから、大切そうに折りたたまれていた一枚の桃色のハンカチを私に差し出した。
少し色あせているけれど、それは紛れもなく私の持っていたハンカチだった。ルドヴィーク様に渡したものだ。
「まぁ、こんなところに私のハンカチが。懐かしいわ」
「私の……ハンカチ? それは君のものなのか?」
「ええ、そうです。私が王都で迷子になっていたのを、ルドヴィーク様が助けてくれました」
「なっ、そうなのか?」
「はい、ですからこれではなくて、ルドヴィーク様の初恋の方のハンカチを見せて欲しいのですが……って、え!」
私はピンクのハンカチを持って、呆然としてしまう。手元を見て、彼の顔を見る。それを何度か繰り返して……ようやく点と点が結び合わさった。
「えええっ、わ、私がっ……ルドヴィーク様の、初恋の人なの?」
「そ、そうなのか? あの、王都の路地裏で、破落戸に囲まれていた令嬢なのか?」
「一年と少し前なら、はい。私かと」
「だが、髪の色が黒かった」
「染めていましたので。街中でこの髪の色は目立つからと、シェナに言われたのです」
あっ、とルドヴィーク様は口元を手で覆う。あの日はシェナが私の供をしていたのを、思い出しているようだ。
「確かに、君とシェナだと言われると、そうとしか考えられんな」
「でも、なぜ……? 私達、そんなに話もしませんでしたよね」
自分のことは棚に上げておきながら、疑問を口にしてしまう。私は怖いところを助けて貰ったから、憧れていたけれど……ルドヴィーク様にとっては、ただの通りすがりの令嬢だったとしか思えない。
「なぜと言われても、君は俺を見ても怖がらず、微笑んでくれたのが嬉しくて」
「ああ! それでしたら、私。ルドヴィーク様のお顔が見えなくて、怖いとか何もありませんでした」
ぽんと手を叩いて答えると、「え」と目を丸くしている。そう言えば、きちんと彼に伝えていなかった。
「あの時とか、結婚式の時もそうでしたが、ルドヴィーク様が呪いにかかっていた時は、靄がかかって顔がみえなかったんです」
「そう、だったのか」
どこか残念な顔をして、ルドヴィーク様が額に手をあてる。でも、私は大切なことを言っていなかった。
「ルドヴィーク様……あんなこと言って、姉が本気になったら困りますっ」
「あいつもアミフェ殿に会えば、真実を知るだろう。いい機会だ。あいつは俺が女を抱けないのを知って、操立てをしていたんだ。もう、解放してやらないとな」
それって、女の人が亡くなった夫に立てるものでは……と思うけれど、この二人の絆はそれだけ強いということだろう。
ゼフィールはルドヴィーク様の初恋にこだわるほど、純粋な人なのだ。と、思ったところで。
「そういえば、ゼフィールが言ってました。ルドヴィーク様には初恋の人がいるから身を引けと」
「なっ、なに?」
いきなり初恋の話を振られ、ルドヴィーク様は酷く動揺している。何かやましいことでもあるのだろうか。これまで気にしていなかったけれど、そんな態度を取られると気になってくる。
「いや、それは、まぁ……それだ。うん」
「……」
こんな時、どういえばいいのだろう。初恋なんて思い出の中のことだろう。でもあれだけゼフィールがこだわっていたくらいだから、どんな人だったのか知りたいと言えば知りたくなる。
「今はアリーチェだけだ」
「……でもゼフィールはハンカチがどうとか言っていました」
するとルドヴィーク様はギクッと身体を震わせた。
「気になるのか?」
なるのかならないのか、と聞かれれば気になる。私は素直にコクンと頷くと、ルドヴィーク様はふっと短く息を吐いた。
「わかった。ついてきてくれ」
ルドヴィーク様は私の手をとると、自室に連れていくように歩き出した。きっと思い出の女の人なのだろう、興味はあるけれど、知りたいような知りたくないような気持ちになってしまう。
早朝の城内はひっそりとして、窓からは冷たくて清らかな空気が流れている。彼の部屋に着くと机の引き出しから、大切そうに折りたたまれていた一枚の桃色のハンカチを私に差し出した。
少し色あせているけれど、それは紛れもなく私の持っていたハンカチだった。ルドヴィーク様に渡したものだ。
「まぁ、こんなところに私のハンカチが。懐かしいわ」
「私の……ハンカチ? それは君のものなのか?」
「ええ、そうです。私が王都で迷子になっていたのを、ルドヴィーク様が助けてくれました」
「なっ、そうなのか?」
「はい、ですからこれではなくて、ルドヴィーク様の初恋の方のハンカチを見せて欲しいのですが……って、え!」
私はピンクのハンカチを持って、呆然としてしまう。手元を見て、彼の顔を見る。それを何度か繰り返して……ようやく点と点が結び合わさった。
「えええっ、わ、私がっ……ルドヴィーク様の、初恋の人なの?」
「そ、そうなのか? あの、王都の路地裏で、破落戸に囲まれていた令嬢なのか?」
「一年と少し前なら、はい。私かと」
「だが、髪の色が黒かった」
「染めていましたので。街中でこの髪の色は目立つからと、シェナに言われたのです」
あっ、とルドヴィーク様は口元を手で覆う。あの日はシェナが私の供をしていたのを、思い出しているようだ。
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「あの時とか、結婚式の時もそうでしたが、ルドヴィーク様が呪いにかかっていた時は、靄がかかって顔がみえなかったんです」
「そう、だったのか」
どこか残念な顔をして、ルドヴィーク様が額に手をあてる。でも、私は大切なことを言っていなかった。
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