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魔女のもてなし①
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「あら、お客様が来たみたいね。ジルベールト、丁寧にもてなしてあげて」
「はい、わかりました」
魔女が普段過ごしている居間に入ると、彼女は見目の良い二人の少年を傍に侍らせていた。腰元に佩いた剣に手をかけつつ、ゆっくりと近づいていく。
「久しぶりね。あんなにも美しい少年だったのに……大人になると、どうしてこうも面白くなくなるのかしら」
「お前が小さな子を誘拐していたのか」
「あら、皆喜んで私のところへ来てくれたのよ?」
室内は整えられ、大ぶりの豪華な花も飾られている。少年達の服装も美しく、肌艷も良い。どうやら彼らの扱いはいいようだ。
「そんな戯言はいい。その少年達も返してもらおうか」
彼らはまだ生きている。今からであれば、十分家族とやり直すこともできるだろう。ここ数日をかけて魔女の痕跡を調べ、誘拐していることまではわかっていた。
年上らしき少年はトレイの上に紅茶を入れ、俺に渡そうとして近づいてくる。カタカタと手を震わせていた。
「君は……ジルベールト・コアか? コア卿の息子だろう。ご両親が心配している」
「お茶の用意ができました」
少年は問いに答えることなく、無表情のままテーブルにトレイを置くと、顔を上げる。
「僕はただのジルベールトです」
紺碧の瞳は濁ることもなく澄みきっている。魔女の魅了はこれほどまで精神に影響するのかと思った瞬間——
サッとナイフを持ったジルベールトの腕が伸びてくる。切っ先を避けた瞬間、俺を切りつけようとした腕を掴みあげた。
手首を捻り上げると、訓練などしていない少年はすぐにナイフをカランと落としてしまう。俺はそのナイフを拾い上げ、ジルベールトの腕を持ち吊るように引き上げる。
足をばたつかせて抵抗する彼に、耳元で一言囁く。すると彼はパタリと動きを止めた。
「子どもにまで襲われるとは……俺も舐められたものだな」
「おのれ……私のジルベールトを放しなさいっ」
魔女は顔をゆがめると、両腕をぐっと伸ばす。手のひらの先から、何かを放出しようとした。
——まずい!
俺は手にしていたナイフを彼女の額をめがけて投げつけるが、魔女はそれを避けるようにダンッと飛び上がり、大きく跳躍した。
「甘いわね」
目の前にストンと飛び降りた魔女は、俺からジルベールトを奪い取るように引き離すと彼を抱えて抱きしめる。
「ああ、ジル……私のジルベールト、怖かったわね……」
魔女は眉根を下げながらジルベールトの頭を撫でた。いかにも少年を愛しんでいるようだが、彼も成長すると殺されてしまう。それなのにジルベールトは「魔女様、恐ろしかったです」と言い、彼女の背中に手を回して抱き着いた。
魔女が油断をしているうちにと、俺は腰から剣を抜くと同時に切りかかる。
空気を切る音をたてながら首を狙うが、少年を避けるために剣は魔女の髪を掠るだけだった。
「チッ」
舌打ちをしながら距離をとり、もう一度構えて打ち込む姿勢をとる。次で決めると思ったところで魔女が不敵に笑った。
「ふふふ、そんなただの剣で私を切れるのかしら?」
「どうだろうな」
魔女はジルベールトを横に避けると、真正面から対峙する。両手を挙げて目を光らせた途端、彼女の身体がムキムキと大きくなっていく。変化の術を使ったのだろう。
——マズいな。
そう思ったところで背後から、思いがけない声が聞こえてくる。
「ルド様」
「アリーチェ?」
振り返った途端、目の中に彼女の澄んだ菫色の瞳が飛び込んでくる。扉に腕を持たれかけ、青白い顔をしたまた部屋に入ろうとしていた。だが、どうして彼女がここに――
その一瞬の隙を突かれ、俺は後ろから伸ばされた魔女の手で首を締めあげられる。
「ぐっ……っ」
「ああっ、ルド様っ!」
女とは思えない腕の力で首を掴み、上の方に持ち上げられる。足が地から離れると呼吸ができず、苦しくなっていく。
アリーチェは俺を見ながら身体を強張らせ、その場に固まっていた。
「ふふふ、この私にかかればお前など、赤子の首を捻るようなものよ!」
「っ、くっ」
喉が潰れかかり声が出せない。アリーチェにこの場を去るように伝えたいのに、俺は歯を食いしばり口を開けることもできないでいた。
「……っ」
手に持っていた剣を片手で構え、後ろにいる魔女の腕を切り落とすように下から降り上げた。
肉を切る感触が腕に伝わってくる。だが勢いがないため骨は切れず、途中で止まるが魔女が首を掴む力が弱まった。
「ふんっ」
俺は剣を手放すと腕から逃れるようにして床に着地する。はぁはぁと息を吸い込みながら魔女を睨み上げると、腕を抑えながらも口角を上げて怪しく笑う。
「ふっ、ふふふっ、お前もやるわね。でも、いくら切られたって……ホラ、大丈夫なのよ?」
魔女は剣をカランと落とすと、血の流れる腕を抑えた。するとたちどころに切り傷が消えていく。
「……なっ」
簡単ではないと知っていたが、魔女はたとえ切られたとしてもすぐに再生してしまう。下に落とした剣を拾い上げ、どうすれば? と思ったところで扉にいたアリーチェが駆け寄ってきた。
「ルドさまっ!」
「来るなっ」
魔女が手を上に掲げると、黒い矢を幾筋も放出する。アリーチェに迫るそれらを、俺は剣で弾き飛ばした。
「これを……!」
「はい、わかりました」
魔女が普段過ごしている居間に入ると、彼女は見目の良い二人の少年を傍に侍らせていた。腰元に佩いた剣に手をかけつつ、ゆっくりと近づいていく。
「久しぶりね。あんなにも美しい少年だったのに……大人になると、どうしてこうも面白くなくなるのかしら」
「お前が小さな子を誘拐していたのか」
「あら、皆喜んで私のところへ来てくれたのよ?」
室内は整えられ、大ぶりの豪華な花も飾られている。少年達の服装も美しく、肌艷も良い。どうやら彼らの扱いはいいようだ。
「そんな戯言はいい。その少年達も返してもらおうか」
彼らはまだ生きている。今からであれば、十分家族とやり直すこともできるだろう。ここ数日をかけて魔女の痕跡を調べ、誘拐していることまではわかっていた。
年上らしき少年はトレイの上に紅茶を入れ、俺に渡そうとして近づいてくる。カタカタと手を震わせていた。
「君は……ジルベールト・コアか? コア卿の息子だろう。ご両親が心配している」
「お茶の用意ができました」
少年は問いに答えることなく、無表情のままテーブルにトレイを置くと、顔を上げる。
「僕はただのジルベールトです」
紺碧の瞳は濁ることもなく澄みきっている。魔女の魅了はこれほどまで精神に影響するのかと思った瞬間——
サッとナイフを持ったジルベールトの腕が伸びてくる。切っ先を避けた瞬間、俺を切りつけようとした腕を掴みあげた。
手首を捻り上げると、訓練などしていない少年はすぐにナイフをカランと落としてしまう。俺はそのナイフを拾い上げ、ジルベールトの腕を持ち吊るように引き上げる。
足をばたつかせて抵抗する彼に、耳元で一言囁く。すると彼はパタリと動きを止めた。
「子どもにまで襲われるとは……俺も舐められたものだな」
「おのれ……私のジルベールトを放しなさいっ」
魔女は顔をゆがめると、両腕をぐっと伸ばす。手のひらの先から、何かを放出しようとした。
——まずい!
俺は手にしていたナイフを彼女の額をめがけて投げつけるが、魔女はそれを避けるようにダンッと飛び上がり、大きく跳躍した。
「甘いわね」
目の前にストンと飛び降りた魔女は、俺からジルベールトを奪い取るように引き離すと彼を抱えて抱きしめる。
「ああ、ジル……私のジルベールト、怖かったわね……」
魔女は眉根を下げながらジルベールトの頭を撫でた。いかにも少年を愛しんでいるようだが、彼も成長すると殺されてしまう。それなのにジルベールトは「魔女様、恐ろしかったです」と言い、彼女の背中に手を回して抱き着いた。
魔女が油断をしているうちにと、俺は腰から剣を抜くと同時に切りかかる。
空気を切る音をたてながら首を狙うが、少年を避けるために剣は魔女の髪を掠るだけだった。
「チッ」
舌打ちをしながら距離をとり、もう一度構えて打ち込む姿勢をとる。次で決めると思ったところで魔女が不敵に笑った。
「ふふふ、そんなただの剣で私を切れるのかしら?」
「どうだろうな」
魔女はジルベールトを横に避けると、真正面から対峙する。両手を挙げて目を光らせた途端、彼女の身体がムキムキと大きくなっていく。変化の術を使ったのだろう。
——マズいな。
そう思ったところで背後から、思いがけない声が聞こえてくる。
「ルド様」
「アリーチェ?」
振り返った途端、目の中に彼女の澄んだ菫色の瞳が飛び込んでくる。扉に腕を持たれかけ、青白い顔をしたまた部屋に入ろうとしていた。だが、どうして彼女がここに――
その一瞬の隙を突かれ、俺は後ろから伸ばされた魔女の手で首を締めあげられる。
「ぐっ……っ」
「ああっ、ルド様っ!」
女とは思えない腕の力で首を掴み、上の方に持ち上げられる。足が地から離れると呼吸ができず、苦しくなっていく。
アリーチェは俺を見ながら身体を強張らせ、その場に固まっていた。
「ふふふ、この私にかかればお前など、赤子の首を捻るようなものよ!」
「っ、くっ」
喉が潰れかかり声が出せない。アリーチェにこの場を去るように伝えたいのに、俺は歯を食いしばり口を開けることもできないでいた。
「……っ」
手に持っていた剣を片手で構え、後ろにいる魔女の腕を切り落とすように下から降り上げた。
肉を切る感触が腕に伝わってくる。だが勢いがないため骨は切れず、途中で止まるが魔女が首を掴む力が弱まった。
「ふんっ」
俺は剣を手放すと腕から逃れるようにして床に着地する。はぁはぁと息を吸い込みながら魔女を睨み上げると、腕を抑えながらも口角を上げて怪しく笑う。
「ふっ、ふふふっ、お前もやるわね。でも、いくら切られたって……ホラ、大丈夫なのよ?」
魔女は剣をカランと落とすと、血の流れる腕を抑えた。するとたちどころに切り傷が消えていく。
「……なっ」
簡単ではないと知っていたが、魔女はたとえ切られたとしてもすぐに再生してしまう。下に落とした剣を拾い上げ、どうすれば? と思ったところで扉にいたアリーチェが駆け寄ってきた。
「ルドさまっ!」
「来るなっ」
魔女が手を上に掲げると、黒い矢を幾筋も放出する。アリーチェに迫るそれらを、俺は剣で弾き飛ばした。
「これを……!」
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