上 下
51 / 64

魔女のもてなし①

しおりを挟む
「あら、お客様が来たみたいね。ジルベールト、丁寧にもてなしてあげて」
「はい、わかりました」

 魔女が普段過ごしている居間に入ると、彼女は見目の良い二人の少年を傍に侍らせていた。腰元に佩いた剣に手をかけつつ、ゆっくりと近づいていく。

「久しぶりね。あんなにも美しい少年だったのに……大人になると、どうしてこうも面白くなくなるのかしら」
「お前が小さな子を誘拐していたのか」
「あら、皆喜んで私のところへ来てくれたのよ?」

 室内は整えられ、大ぶりの豪華な花も飾られている。少年達の服装も美しく、肌艷も良い。どうやら彼らの扱いはいいようだ。

「そんな戯言はいい。その少年達も返してもらおうか」

 彼らはまだ生きている。今からであれば、十分家族とやり直すこともできるだろう。ここ数日をかけて魔女の痕跡を調べ、誘拐していることまではわかっていた。

 年上らしき少年はトレイの上に紅茶を入れ、俺に渡そうとして近づいてくる。カタカタと手を震わせていた。

「君は……ジルベールト・コアか? コア卿の息子だろう。ご両親が心配している」
「お茶の用意ができました」

 少年は問いに答えることなく、無表情のままテーブルにトレイを置くと、顔を上げる。

「僕はただのジルベールトです」

 紺碧の瞳は濁ることもなく澄みきっている。魔女の魅了はこれほどまで精神に影響するのかと思った瞬間——

 サッとナイフを持ったジルベールトの腕が伸びてくる。切っ先を避けた瞬間、俺を切りつけようとした腕を掴みあげた。

 手首を捻り上げると、訓練などしていない少年はすぐにナイフをカランと落としてしまう。俺はそのナイフを拾い上げ、ジルベールトの腕を持ち吊るように引き上げる。

 足をばたつかせて抵抗する彼に、耳元で一言囁く。すると彼はパタリと動きを止めた。

「子どもにまで襲われるとは……俺も舐められたものだな」
「おのれ……私のジルベールトを放しなさいっ」

 魔女は顔をゆがめると、両腕をぐっと伸ばす。手のひらの先から、何かを放出しようとした。

 ——まずい!

 俺は手にしていたナイフを彼女の額をめがけて投げつけるが、魔女はそれを避けるようにダンッと飛び上がり、大きく跳躍した。

「甘いわね」

 目の前にストンと飛び降りた魔女は、俺からジルベールトを奪い取るように引き離すと彼を抱えて抱きしめる。

「ああ、ジル……私のジルベールト、怖かったわね……」

 魔女は眉根を下げながらジルベールトの頭を撫でた。いかにも少年を愛しんでいるようだが、彼も成長すると殺されてしまう。それなのにジルベールトは「魔女様、恐ろしかったです」と言い、彼女の背中に手を回して抱き着いた。

 魔女が油断をしているうちにと、俺は腰から剣を抜くと同時に切りかかる。

 空気を切る音をたてながら首を狙うが、少年を避けるために剣は魔女の髪を掠るだけだった。

「チッ」

 舌打ちをしながら距離をとり、もう一度構えて打ち込む姿勢をとる。次で決めると思ったところで魔女が不敵に笑った。

「ふふふ、そんなただの剣で私を切れるのかしら?」
「どうだろうな」

 魔女はジルベールトを横に避けると、真正面から対峙する。両手を挙げて目を光らせた途端、彼女の身体がムキムキと大きくなっていく。変化の術を使ったのだろう。

 ——マズいな。

 そう思ったところで背後から、思いがけない声が聞こえてくる。

「ルド様」
「アリーチェ?」

 振り返った途端、目の中に彼女の澄んだ菫色の瞳が飛び込んでくる。扉に腕を持たれかけ、青白い顔をしたまた部屋に入ろうとしていた。だが、どうして彼女がここに――

 その一瞬の隙を突かれ、俺は後ろから伸ばされた魔女の手で首を締めあげられる。

「ぐっ……っ」
「ああっ、ルド様っ!」

 女とは思えない腕の力で首を掴み、上の方に持ち上げられる。足が地から離れると呼吸ができず、苦しくなっていく。

 アリーチェは俺を見ながら身体を強張らせ、その場に固まっていた。

「ふふふ、この私にかかればお前など、赤子の首を捻るようなものよ!」
「っ、くっ」

 喉が潰れかかり声が出せない。アリーチェにこの場を去るように伝えたいのに、俺は歯を食いしばり口を開けることもできないでいた。

「……っ」

 手に持っていた剣を片手で構え、後ろにいる魔女の腕を切り落とすように下から降り上げた。

 肉を切る感触が腕に伝わってくる。だが勢いがないため骨は切れず、途中で止まるが魔女が首を掴む力が弱まった。

「ふんっ」

 俺は剣を手放すと腕から逃れるようにして床に着地する。はぁはぁと息を吸い込みながら魔女を睨み上げると、腕を抑えながらも口角を上げて怪しく笑う。

「ふっ、ふふふっ、お前もやるわね。でも、いくら切られたって……ホラ、大丈夫なのよ?」

 魔女は剣をカランと落とすと、血の流れる腕を抑えた。するとたちどころに切り傷が消えていく。

「……なっ」

 簡単ではないと知っていたが、魔女はたとえ切られたとしてもすぐに再生してしまう。下に落とした剣を拾い上げ、どうすれば? と思ったところで扉にいたアリーチェが駆け寄ってきた。

「ルドさまっ!」
「来るなっ」

 魔女が手を上に掲げると、黒い矢を幾筋も放出する。アリーチェに迫るそれらを、俺は剣で弾き飛ばした。

「これを……!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!

仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。 18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。 噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。 「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」 しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。 途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。 危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。 エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。 そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。 エルネストの弟、ジェレミーだ。 ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。 心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R18】兵士となった幼馴染の夫を待つ機織りの妻

季邑 えり
恋愛
 幼くして両親を亡くした雪乃は、遠縁で幼馴染の清隆と結婚する。だが、貧しさ故に清隆は兵士となって村を出てしまう。  待っていろと言われて三年。ようやく帰って来る彼は、旧藩主の娘に気に入られ、村のために彼女と祝言を挙げることになったという。  雪乃は村長から別れるように説得されるが、諦めきれず機織りをしながら待っていた。ようやく決心して村を出ようとすると村長の息子に襲われかけ―― *和風、ほんわり大正時代をイメージした作品です。

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」 「え、じゃあ結婚します!」 メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。 というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。 そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。 彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。 しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。 そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。 そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。 男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。 二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。 ◆hotランキング 10位ありがとうございます……! ―― ◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ

【R18】初夜を迎えたら、夫のことを嫌いになりました

みっきー・るー
恋愛
公爵令嬢のペレーネは、婚約者のいるアーファに恋をしていた。 彼は急死した父に代わり伯爵位を継いで間もなく、ある理由から経済的な支援をしてくれる先を探している最中だった。 弱みに付け入る形で、強引にアーファとの婚姻を成立させたペレーネだったが、待ち望んでいた初夜の際、唐突に彼のことを嫌いだと思う。 ペレーネは離縁して欲しいと伝えるが、アーファは離縁しないと憤り、さらには妻として子を生すことを求めた。 ・Rシーンには※をつけます。描写が軽い場合はつけません。 ・淡々と距離を縮めるようなお話です。 表紙絵は、あきら2号さまに依頼して描いて頂きました。

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ
恋愛
ルティエラ・エヴァートン公爵令嬢は王太子アルヴァロの婚約者であったが、王太子が聖女クラリッサと真実の愛をみつけたために、婚約破棄されてしまう。 ルティエラの取り巻きたちがクラリッサにした嫌がらせは全てルティエラの指示とれさた。 懲罰のために懲罰局に所属し、五年間無給で城の雑用係をすることを言い渡される。 半年後、休暇をもらったルティエラは、初めて酒場で酒を飲んだ。 翌朝目覚めると、見知らぬ部屋で知らない男と全裸で寝ていた。 仕事があるため部屋から抜け出したルティエラは、二度とその男には会わないだろうと思っていた。 それから数日後、ルティエラに命令がくだる。 常に仮面をつけて生活している謎多き騎士団長レオンハルト・ユースティスの、専属秘書になれという──。 とある理由から仮面をつけている女が苦手な騎士団長と、冤罪によって懲罰中だけれど割と元気に働いている公爵令嬢の話です。

処理中です...