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ゼフィールの背中②

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厩舎に行く時間を使って、それとなく聞いてみようか。

「わかりました、案内はゼフィールにお願いします。デイモンドはご苦労様。少し休んでいてね」
「……アリーチェ様、ご配慮ありがとうございます。ゼフィール、ではお前に任せたぞ」
「ああ」

 デイモンドは息子を見てホッとした顔を見せる。やはり年齢もあるのだろう、無理をさせてはいけない。

 ゼフィールの背中を追いかけるように歩いていく。ルドヴィーク様ほどではないけれど、彼もかなり背が高い。デイモンドと同じ細い銀色の髪を長く伸ばし、後ろでひとつに縛っている。

 側近である彼も日ごろから鍛えており、以前は従軍していたという。

 彼は信頼できる、大切な存在だとルドヴィーク様が言っていた。ただ、頑固なところはデイモンドと同じだとも。

 ルドヴィーク様は、私と夜を共に過ごすうちにぽつり、ぽつりと大切なことを話してくれる。心を開いてくれるようで嬉しくなり、私は専ら聞き役に専念していた。

 最も、話も何もなく抱きつぶされる夜も多い。彼はやっぱり絶倫ゼツリンだった。

「こちらが厩舎になります。一度、ご覧になられていると思いますが」
「ええ、湖に行った時に乗った子に会いたかったの。いるかしら」
「その馬でしたら、怪我をしたので別の場所に移動したようです。……会いに行かれますか?」

 ゼフィールは振り返って足を止めた。私は馬が怪我をしたと聞き心配になる。馬の怪我は小さなものでもしっかりと直さないと、引きずることがあった。

 私の手を使えば、小さな怪我なら治せるかもしれない。致命傷になる前に、なんとかしてみたかった。

「あの子のところに、案内してくれる?」
「わかりました」

 ゼフィールは相変わらず不愛想で、話しかける隙も見当たらない。前を進む背中を追いかけながら、彼は正門の方へ歩いていく。

「ちょっと、ゼフィール! どこに行くの? 私、城の外には出ていけないとルドヴィーク様から言われているの」
「ああ、それでしたら大丈夫です。私が供をすれば構いません」
「……そうなの?」
「はい、あの馬は郊外にある別宅にいますので、街を見学がてら出かけるのもいいだろうと、ルドヴィーク様がおっしゃられていました」
「そう、それなら大丈夫かしら」

 あれほど私のことを心配していたのに、いいのだろうか。でも、ゼフィールを信頼しているのだろう。なんといっても、一番の側近で幼い頃から側にいる存在だ。

 私は疑問を持つことなく、彼の用意した馬車に乗り込む。護衛は馬で伴走すると聞き、それならいいかと安心して腰を下ろす。

 私は呑気にも馬車の窓から見える風景を楽しんでいた。

 ◆◆◆

「ちょっと、遠くに行きすぎているような……大丈夫かな」

 小一刻を過ぎても馬車は止まらない。もう既に街中を通り過ぎ、街道に添って走っている。周囲は畑に囲まれた一本道だ。

「ゼフィール! どこまで行くの?」

 御者席に座る彼に、通信窓を開けて声をかけるけれど返事はない。疑問がよぎるけれど、スピードを出して走る馬車から飛び降りることはできない。

 護衛はいるのだろうか、と窓から見るけれど、伴走しているはずの彼らがいない。いつの時点で離れてしまったのだろう、私はゼフィールと二人きりだ。

 ドンドン、と扉を強く叩くけれど馬車は止まらない。

「おかしい……よね……」

 流石にこの状況は怪しい。けれど、どうすることもできない。ゼフィールが何を考えているのかわからないけれど、何処かにはたどり着くはずだ。 

 私はその時をじっと待つしかない。心配と緊張で胸が痛くなるけれど、こうした時ほど落ち着く必要がある。

 そのうちスピードを緩めた馬車は、どんよりとした雲に覆われた空の下、蔦の絡まった高い塀のある屋敷の前で止まった。

「アリーチェ様、お降りください」
「ここはどこなの?」
「中にお入りになればわかります」

 ゼフィールは無表情のまま私の手をとると、階段を下りる手伝いをする。沈黙を保ったまま私は、ひんやりとした空気の中で身体を縮めた。

 彼の手は冷たくて、振り解くことができなかった。
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