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閑話:魔女視点
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◆◆◆ 《魔女視点》
バルシュ領の片隅にある街の一画に、周囲の家よりも一回り大きな家があった。蔦の絡まる高い塀で囲まれ、中には人嫌いで有名な画家が住んでいると噂されている。だが――
「あぁ……忌々しい! 私の術をああも簡単に破るなんて」
魔女となりもう優に百年は過ぎている私の術を、埃を払うようにして散らせてしまった。あのお気に入りだった領主、ルドヴィークの妻を恨まずにはいられない。
イラつく気持ちのままに外を睨みつける。どうやってこの不快な気持ちをあの女にぶつけようかと思っていると、少年が部屋の中にティーセットを運んでくる。
「僕の麗しい魔女様、どうかこれを飲んで安らいでください。あなたほどの美貌を持つ方が、心を乱されると僕も苦しくなります」
「まぁ……ジルベールト。可愛い子ね」
金色の柔らかくカールした髪を撫でながら、真っすぐに慕う碧眼を見つめる。この子はこれまで集めてきた少年の中でも格別だ。私の美を崇拝し、惜しみなく愛情を注いでくれる。
ジルベールトが成長しなければいいのに……人間はなんでこうも、一番素敵で美味しい青い時期が短いのだろう。忌々しいことに、最近は彼の背も伸びてきている。ジルベールトの顔の美しさは格別で、苦労して貴族の家から攫って来たというのに。
そうして彼の頭を撫でていると、ジルベールトとは違う拗ねた声が足元から聞こえてきた。
「魔女様、次は僕を可愛がってください」
「あらあら、レドリックじゃないの。ふふっ、ジルベールトに嫉妬したのね。大丈夫よ、あなたも可愛いわよ」
私の足にすがりつくのは、まだ幼い顔をしたレドリック。母親を目の前で引き裂いてしまったから、心に傷をつけてしまった。でも、それも私の魅了の術にかかればひとたまりもない。
「レドリック、お前にはやることがあるだろう」
「でも、あそこは寒くて嫌だよ……」
ジルベールトは年上らしくレドリックを叱っている。でも、私が見たいのはそんなのじゃない。
「ダメよ、ジル。私の前では、あなたたちは仲良くしなければ」
「はい、ごめんなさい」
金色の巻き毛から一本抜き、それにふーっと息を吹きかける。するとジルベールトの姿をした等身大の傀儡人形ができあがった。
「さぁ、ジル。あなたの分身よ、掃除なら彼に命じなさい。そしてあなたは……そうね、レドリックの世話をするのよ」
「……っ、はい、わかりました」
その抵抗する瞳を見るとゾクゾクする。ジルベールトには魅了の術をかけていないから、こうして私に反抗しながら見つめる時がある。
魅了をかけないでも私に従う男の子の方が好き。でも、最初はどうしても自我が邪魔をするから、それを壊さないといけない。
本当に、ジルベールトの時を止めることができればいいのに。
さすがに魔女として有能な私だけれど、人間の成長を止める術はない。だからジルベールトも大人になる前に、血を抜かないといけない。
この屋敷の地下には私がこれまで集めた少年のコレクションがある。六歳くらいの子を攫い、私の世話をさせて大人になる前に息を止め、凍らせる。
そうすれば、いつまでも少年の姿を眺めることができるから。そう、この二人のように……
ジルベールトはレドリックを裸にすると、全身をくまなく舐めている。こうやって少年たちが愛し合う姿も格別なのよね……『ショタ喰いの魔女』なんて呼ばれているけれど。
それでも、ままならない時もある。領主の息子のルドヴィークそうだった。
強い意思で反抗し、魅了の術をかけることができなかった。腹いせに呪いを二つもかけたのに……あんなアホ面の女に解かれるなんて。
——許せない。
あの女をどうにかして、この屋敷へ連れてきて……あの力ごと封印しなければ気がすまない。簡単に殺しはしないわ。絶望を味わせてから痛めつくしてあげないと。
私は顎を上げると部屋の隅に立っている男に命じる。バルシュ城から連れてきたけれど、やはり大人の男を相手にするのはおぞましい。
「ねぇ、あなた。城に戻って、あの女をここに連れてきてちょうだい」
「はい、わかりました」
魅了が十分かかっていることを確認して、扉を開ける。目はうつろだが、意識はあるから大丈夫だろう。
「どうやってあの女をいたぶろうかしら……ねぇ」
私は視線を落として少年達を見る。やっぱり美しい子を見ると心が癒される。女の方は、赤い血を滴らせるのもいいかもしれない。いや、でも苦痛を与えるならば、あの方法がいいだろう。
私はくつくつと笑いながら、女を絶望に染める方法を考えることを――止められなかった。
バルシュ領の片隅にある街の一画に、周囲の家よりも一回り大きな家があった。蔦の絡まる高い塀で囲まれ、中には人嫌いで有名な画家が住んでいると噂されている。だが――
「あぁ……忌々しい! 私の術をああも簡単に破るなんて」
魔女となりもう優に百年は過ぎている私の術を、埃を払うようにして散らせてしまった。あのお気に入りだった領主、ルドヴィークの妻を恨まずにはいられない。
イラつく気持ちのままに外を睨みつける。どうやってこの不快な気持ちをあの女にぶつけようかと思っていると、少年が部屋の中にティーセットを運んでくる。
「僕の麗しい魔女様、どうかこれを飲んで安らいでください。あなたほどの美貌を持つ方が、心を乱されると僕も苦しくなります」
「まぁ……ジルベールト。可愛い子ね」
金色の柔らかくカールした髪を撫でながら、真っすぐに慕う碧眼を見つめる。この子はこれまで集めてきた少年の中でも格別だ。私の美を崇拝し、惜しみなく愛情を注いでくれる。
ジルベールトが成長しなければいいのに……人間はなんでこうも、一番素敵で美味しい青い時期が短いのだろう。忌々しいことに、最近は彼の背も伸びてきている。ジルベールトの顔の美しさは格別で、苦労して貴族の家から攫って来たというのに。
そうして彼の頭を撫でていると、ジルベールトとは違う拗ねた声が足元から聞こえてきた。
「魔女様、次は僕を可愛がってください」
「あらあら、レドリックじゃないの。ふふっ、ジルベールトに嫉妬したのね。大丈夫よ、あなたも可愛いわよ」
私の足にすがりつくのは、まだ幼い顔をしたレドリック。母親を目の前で引き裂いてしまったから、心に傷をつけてしまった。でも、それも私の魅了の術にかかればひとたまりもない。
「レドリック、お前にはやることがあるだろう」
「でも、あそこは寒くて嫌だよ……」
ジルベールトは年上らしくレドリックを叱っている。でも、私が見たいのはそんなのじゃない。
「ダメよ、ジル。私の前では、あなたたちは仲良くしなければ」
「はい、ごめんなさい」
金色の巻き毛から一本抜き、それにふーっと息を吹きかける。するとジルベールトの姿をした等身大の傀儡人形ができあがった。
「さぁ、ジル。あなたの分身よ、掃除なら彼に命じなさい。そしてあなたは……そうね、レドリックの世話をするのよ」
「……っ、はい、わかりました」
その抵抗する瞳を見るとゾクゾクする。ジルベールトには魅了の術をかけていないから、こうして私に反抗しながら見つめる時がある。
魅了をかけないでも私に従う男の子の方が好き。でも、最初はどうしても自我が邪魔をするから、それを壊さないといけない。
本当に、ジルベールトの時を止めることができればいいのに。
さすがに魔女として有能な私だけれど、人間の成長を止める術はない。だからジルベールトも大人になる前に、血を抜かないといけない。
この屋敷の地下には私がこれまで集めた少年のコレクションがある。六歳くらいの子を攫い、私の世話をさせて大人になる前に息を止め、凍らせる。
そうすれば、いつまでも少年の姿を眺めることができるから。そう、この二人のように……
ジルベールトはレドリックを裸にすると、全身をくまなく舐めている。こうやって少年たちが愛し合う姿も格別なのよね……『ショタ喰いの魔女』なんて呼ばれているけれど。
それでも、ままならない時もある。領主の息子のルドヴィークそうだった。
強い意思で反抗し、魅了の術をかけることができなかった。腹いせに呪いを二つもかけたのに……あんなアホ面の女に解かれるなんて。
——許せない。
あの女をどうにかして、この屋敷へ連れてきて……あの力ごと封印しなければ気がすまない。簡単に殺しはしないわ。絶望を味わせてから痛めつくしてあげないと。
私は顎を上げると部屋の隅に立っている男に命じる。バルシュ城から連れてきたけれど、やはり大人の男を相手にするのはおぞましい。
「ねぇ、あなた。城に戻って、あの女をここに連れてきてちょうだい」
「はい、わかりました」
魅了が十分かかっていることを確認して、扉を開ける。目はうつろだが、意識はあるから大丈夫だろう。
「どうやってあの女をいたぶろうかしら……ねぇ」
私は視線を落として少年達を見る。やっぱり美しい子を見ると心が癒される。女の方は、赤い血を滴らせるのもいいかもしれない。いや、でも苦痛を与えるならば、あの方法がいいだろう。
私はくつくつと笑いながら、女を絶望に染める方法を考えることを――止められなかった。
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