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腰が痛い①

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 連続で張りきりすぎたせいか、腰を動かすと痛みを感じる。これはまずいことになるかも……

 私はそっと下腹部を見ると、疲れのせいか黒い靄がかかっている。それを払おうと手を伸ばしてぱっ、ぱっと左右に動かした。

「はぁ……大分痛みは引いたかな」

 靄を完全に霧散させると、ルドヴィーク様も疲れているのか、靄が薄くかかっていた。

「あ、ルドヴィーク様の靄も払いますね」
「靄?」
「はい、じっとしていてください」

 訝し気に私を見る彼の腰に手をあて、靄を振り払う。この前のように根深くないから、パンパンと払うとすぐに消すことができた。

「はいっ、これで終わりです。身体が軽くなりましたか?」
「今……何をした?」

 ルドヴィーク様は私の手首を持つと、顔のところへ引っ張り上げる。久しぶりに彼の険しい顔を見て、思わず「ひっ」と叫んでしまう。

「君の言う通り、腰にあっただるさがなくなっている。それは今の君の動作と関係があるのか?」
「は、はい。あの、私……不思議なことに、疲れが黒い靄になって見えるんです」
「黒い靄?」

 片方の眉を上げた彼は、私の拙い説明を聞いてくれた。三年ほど前から見えることと、そのために人込みが苦手なことも。

 さらに払いすぎると眠くなることを伝え、初夜と二日目の夜はありえないほど濃い靄を払ったために、すぐ寝てしまったことを謝ると……

「では、アリーチェは俺の腰と顔にあった呪いの黒い靄を引っこ抜いたというのか?」
「はい、多分。あれはやっぱり呪いだったんですね。なかなか抜けなくて、大変でした」
「そうか……君だったのか」

 ルドヴィーク様は言葉を失くすと、熱い目で私を見つめた。そんな凄いことをしたつもりはなかったけれど、彼は呪いに長年悩まされていたという。

 時には王都にまで足を運び、原因となった『ショタ喰いの魔女』を探していたようだ。

「ありがとう、アリーチェ」

 彼は私を抱き寄せると、優しい力で包み込んだ。そのままじっとしていると、鼻をすすり上げる音が聞こえる。

 ——辛かっただろうな……

 私は腕をそっと背中に回して抱きしめる。これからは、私がいるから大丈夫だよと伝えたかった。私よりも大きな身体で、背も高くてきっともの凄く強い人だろう。でも、だからといっていつも心が強いとは限らない。

 こんなにも優しい人なのに幼い頃に呪いを受け、周囲からは恐れられ『冷徹な辺境伯』と呼ばれていた。

 部下はいても、親しい友人はいたのだろうか。青年時代は周辺国を抑えつけるための戦闘に明け暮れていたと聞く。ご両親も早くに亡くなられ、周囲からは怖がられていたなんて。

 ――これからは、私がこの人を愛していく。

 物理で守ることはできなくても、きっと心を豊かに過ごすことはできるはずだ。アミフェ姉さまの格言の第一条にもあった。『恋は感情、愛は意思』だと。

「アリーチェ……君は……俺の天使だ」

 ルドヴィーク様は声を絞るようにして、耳元で囁いた。最後は声が小さすぎたのと、すすり上げる音と重なり良く聞こえなかったけれど、彼の感情は受け取っている。

 子どもをあやす時のように、背中をぽんぽんと軽くたたきながら、私は「もう大丈夫ですよ」と囁く。また呪いをかけられたとしても、私の手が払いのけるからと伝え、広い背中を手のひらで撫でる。

 しばらくして落ち着いてくると、ルドヴィーク様は「私の力のことをもっと教えて欲しい」と聞いてきた。

「私もまさか、この不思議な力が呪いを解呪できるとは思いませんでした。これまでは疲れを癒すくらいしか、役立たなかったので」
「ところで、この力のことを誰が知っている?」
「えっと……家族とシェナくらいでしょうか。使いすぎると寝てしまうので、お父様から秘密にしろと言われていました。以来、誰にも教えていません」
「そうか」

 彼は何かを考え込むように、額に手をあてた。そしてゆっくりと私の目を覗き込んでくる。

「この力のことを他言してはいけない。俺も秘密を守るが、デイモンドには知らせておきたい。彼は俺の呪いのことを知っているし、これからは君の近くにいることになる」
「はい、それは構いませんが……でも、どうして他言してはいけないのですか? お父様に聞いても、ただそうしろとしか言われなくて」

 ルドヴィーク様は私の両肩を持つと、はぁーっと息を吐きながら顔を俯かせる。そして落ち着いたところで顔を上げ、眉を寄せながら私を見下ろした。

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