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バルシュ城①

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 城内に入った私は、馬丁に馬を預けると屋敷に戻り暫く待つようにと言われる。なんだろうと思っていると、シェナが白いディナードレスを持ってきた。これに着替えさせるようにと命じられたという。

 しばらくすると、城の内門へ来るようにと呼ばれた。ここから先には、まだ足を踏み入れたことがない。

 門にいる警備兵が敬礼をする中、扉が開かれ中に入るとそこは想像を超える人々が並んでいた。

「ようこそ、我がバルシュ城へ」

 背が高く屈強な体つきをしたルドヴィーク様が、壮麗な飾り帯のついた濃い緑色の軍服を着ている。装飾のついた軍服に片方だけの黒いマントをはおり、金色に光る竜の紋の入った肩章をつけていた。

 黒い髪を後ろに撫でつけ、秀でた額の下で鋭く黒光りする眼を細めて私を見つめている。

 そして彼の後ろには召使いのお仕着せを着た女性に、礼服を着た執事たち、また軍服姿の者が大勢並んでいた。皆姿勢を正し、背筋をピンと伸ばして立っている。

 城で働く人が全て揃い、私を出迎えてくれた。

「ルドウィーク様⁉ これは一体……どうしたのですか?」

 息を呑んだ私は、驚いたように目を開く。正装の彼が眩しくて仕方がない。

 それでもルドヴィーク様が私をエスコートするために肘を折り曲げるのを見て、そっと手を添える。

「これまで、アリーチェを私の妻として皆に紹介せず申し訳なかった。このお披露目を機に今後は、君に城の采配をして欲しい」
「えっ、それでは私は」
「ああ、正式に認められたバルシュ辺境伯夫人だ。領民への披露も行うから、準備をしなくてはいけないな」
「はっ、はい」
「それから、今日からは離れの屋敷を出て、この城の……俺の隣の部屋に来て欲しい」
「ルドヴィーク様の隣の部屋」

 それは領主夫人を意味する部屋だ。夫婦の主寝室の両隣にあり、お互いが扉で行き来することができる。

「私の妻になるために、遠路はるばるやって来た君を……きちんと扱うことができず、申し訳ない」
「い、いえ! 私なら大丈夫です。あの屋敷も快適でした。でも、引っ越しですね」

 彼にエスコートをされながら、使用人たちの間をゆっくりと歩いていく。彼らは左右に並び、私を見るとひとりひとりがお辞儀をしていく。顔見せを兼ねているため、私は笑顔を顔に浮かべて通り過ぎる。

 一言でも教えてくれていれば、心の準備ができたのに!

 でも、これからは私が夫人として彼らの上に立つことになる。だから、顎をあげ前を向いて歩いていく。

 そして玄関にたどり着くと、ギギーッという音をたてながら扉が開かれた。

 その先には、筆頭執事のデイモンドが私達を迎えるように正面に立っている。

「ルドヴィーク様、アリーチェ様。筆頭執事のデイモンドでございます。今後は奥様であるアリーチェ様に、誠心誠意仕えさせていただきます」

 彼が私に頭を下げる。こうして従順する姿を示すことで、私が領主夫人として立つことを表していた。

「ありがとう、デイモンド。私の方こそ、いろいろと教えて貰うことになりますが、よろしくお願いします」

 デイモンドが頭をあげたところで、ルドヴィーク様が宣言するように声を張り上げた。

「皆の者。このアリーチェ・ベルカ・バルシュは私の妻、辺境伯夫人だ。私に仕えるのと同じように、彼女にも仕えるように」

 すると皆が平伏するように一斉に頭を下げた。その光景を前にして、私は決意を新たにする。皆が仕えてくれるように、私も彼らを守り支えていくのだ。

 隣に立つルドヴィーク様が、私の腰に手をあてている。いつまでも彼の隣にいたいと、私はその秀麗な顔をみつめて胸を詰まらせた。

 ——嬉しい。こんな風に、正式な妻として披露してもらえるとは思っていなかった。

 そしてルドヴィーク様は片手を上げると、使用人たちに仕事に戻るように命じる。

 人々が離れていくと、その場にはデイモンドと三人が残された。

「デイモンド、今朝からゼフィールを見かけないがどうしている?」
「はぁ、昨夜から私も姿を見ていないのですが……ルドヴィーク様が何か命じられたのかと思っていました」
「いや、俺は何も……わかった。戻ったら顔を見せるように伝えてくれ」
「はい、わかりました」

 デイモンドが私達を先導するように歩いていく。この城の中に入るのは、初めてだった。

 
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