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アオカン?②
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安心していた気持ちがキュッと引き締まる。でも、辺境伯夫人としては覚悟すべきことだろう。願わくば、二人きりの時にして欲しい。
「誰もいないところでしたら……なんとか」
「ああ、だが人がいても布を使えばできなくもない。時折、移動中にどうしてももよおした時などは木陰ですることもある」
「え? 移動中、ですか?」
なんだろう、話が違うような気がしなくもない。
「我慢できない時もあるだろう。長距離を移動している時など、厠を見つけられないこともある」
「……厠……厠⁉」
私は素っ頓狂な声をあげていた。厠、厠って……厠だったと思われていたの?
だから木陰だとか、岩の隅と言っていたのか! 確かに野外でするなら、その方が安心するけれど。
「どうした? トイレではなかったのか?」
「はぁ、てっきりアオカンをしようと言われるのかと思っていました」
「……アオカン?」
「はい、アオカンです。ご存知ですよね?」
私が首をかしげると、ルドヴィーク様は眉間にしわを寄せている。どうやら、本気でわからないらしい。
「青姦です。野外で身体を繋げることですよ」
「野外で……それはまた、ハードだな」
「はい、上級者過ぎるので、まだ早いと思っていました」
ルドヴィーク様なら、大丈夫だと思うけれど……と、チラッと上目遣いをすると、彼は何かを想像したのか耳を赤くして目を泳がせている。
「俺は、何なら今から挑戦してみてもいいが……」
「いっ、いえ! 私はしたいわけではありませんからっ!」
藪蛇になってしまう! と私は慌てて頭を振る。すると彼はくつくつと笑い始め、そのうちアハハッと大きな声を出した。
「アリーチェ……き、君は本当に破天荒だな。俺の予想の斜め上をいく……ふはっ」
「で、ですが! 厠だって言ってくれれば、きちんと説明しましたのに」
「だが、俺がアオカンをしたがっていると思ったのだろう?」
「それは、そうですが」
笑っているルドヴィーク様はとても楽しそうで、見ている私も嬉しくなる。しばらくして落ち着いてくると、彼は私の頭を撫ではじめた。
「こうして髪をあげているのも、可愛いな」
「ありがとうございます……」
甘さをたっぷり含んだ声で褒められると、照れてしまう。けれど、ルドヴィーク様は撫でている手を止めて私を諫めるような目で見下ろした。
「だが、一人で行動するのは危険だから止めて欲しい。今日は俺が見つけることができたが……街中で迷子になれば、誘拐なども疑うことになる。君はもう、辺境伯夫人なのだから」
「あ……はい、そうですね」
「もっとも、単に俺が心配になるからだ。もう、俺の前からは消えないでくれ」
再び彼の力強い腕の中に引きこまれる。聞こえてくるのは彼の鼓動だけになり、すっぽりと包み込まれてしまった。
私もルドヴィーク様の背中に腕をそっとまわす。王都にいた時も、迷子になった私を見つけてくれたのは彼だった。そのことを伝えようとしてハッとする。
——もしかして、迷子だったことを伝えると、心配させちゃうかも……
今ですら束縛するようなことを言っている。なのに王都でも迷子だったと知ると、自由に出歩くことを禁止されるかもしれない。
それは困るなぁ……と思い、ぐっと口を閉じる。
そのまましばらく抱きしめ合った私達は、日が暮れる前にと馬に跨る。夏になったら、今度はこの子を駆けさせてまた来たいと思いつつ、湖を後にした。
「誰もいないところでしたら……なんとか」
「ああ、だが人がいても布を使えばできなくもない。時折、移動中にどうしてももよおした時などは木陰ですることもある」
「え? 移動中、ですか?」
なんだろう、話が違うような気がしなくもない。
「我慢できない時もあるだろう。長距離を移動している時など、厠を見つけられないこともある」
「……厠……厠⁉」
私は素っ頓狂な声をあげていた。厠、厠って……厠だったと思われていたの?
だから木陰だとか、岩の隅と言っていたのか! 確かに野外でするなら、その方が安心するけれど。
「どうした? トイレではなかったのか?」
「はぁ、てっきりアオカンをしようと言われるのかと思っていました」
「……アオカン?」
「はい、アオカンです。ご存知ですよね?」
私が首をかしげると、ルドヴィーク様は眉間にしわを寄せている。どうやら、本気でわからないらしい。
「青姦です。野外で身体を繋げることですよ」
「野外で……それはまた、ハードだな」
「はい、上級者過ぎるので、まだ早いと思っていました」
ルドヴィーク様なら、大丈夫だと思うけれど……と、チラッと上目遣いをすると、彼は何かを想像したのか耳を赤くして目を泳がせている。
「俺は、何なら今から挑戦してみてもいいが……」
「いっ、いえ! 私はしたいわけではありませんからっ!」
藪蛇になってしまう! と私は慌てて頭を振る。すると彼はくつくつと笑い始め、そのうちアハハッと大きな声を出した。
「アリーチェ……き、君は本当に破天荒だな。俺の予想の斜め上をいく……ふはっ」
「で、ですが! 厠だって言ってくれれば、きちんと説明しましたのに」
「だが、俺がアオカンをしたがっていると思ったのだろう?」
「それは、そうですが」
笑っているルドヴィーク様はとても楽しそうで、見ている私も嬉しくなる。しばらくして落ち着いてくると、彼は私の頭を撫ではじめた。
「こうして髪をあげているのも、可愛いな」
「ありがとうございます……」
甘さをたっぷり含んだ声で褒められると、照れてしまう。けれど、ルドヴィーク様は撫でている手を止めて私を諫めるような目で見下ろした。
「だが、一人で行動するのは危険だから止めて欲しい。今日は俺が見つけることができたが……街中で迷子になれば、誘拐なども疑うことになる。君はもう、辺境伯夫人なのだから」
「あ……はい、そうですね」
「もっとも、単に俺が心配になるからだ。もう、俺の前からは消えないでくれ」
再び彼の力強い腕の中に引きこまれる。聞こえてくるのは彼の鼓動だけになり、すっぽりと包み込まれてしまった。
私もルドヴィーク様の背中に腕をそっとまわす。王都にいた時も、迷子になった私を見つけてくれたのは彼だった。そのことを伝えようとしてハッとする。
——もしかして、迷子だったことを伝えると、心配させちゃうかも……
今ですら束縛するようなことを言っている。なのに王都でも迷子だったと知ると、自由に出歩くことを禁止されるかもしれない。
それは困るなぁ……と思い、ぐっと口を閉じる。
そのまましばらく抱きしめ合った私達は、日が暮れる前にと馬に跨る。夏になったら、今度はこの子を駆けさせてまた来たいと思いつつ、湖を後にした。
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