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俺の天使②
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◆◆◆
城の片隅に作った託児所には、園庭があり囲いの中に遊具が置かれている。子どもたちには泣かれるばかりだが、保育士から上がってくる要望はなるべく叶えるようにしていた。
時折、城内を散歩する集団を遠目にほほえましく見ていただけだが、今日は木で作られた柵まで近寄ってみる。するとアリーチェについているようにと命じておいた側近のゼフィールが入口に立っていた。
「ルドヴィーク様ですか、アリーチェ殿はこちらにおられます」
「おお、ゼフィール。彼女はどうしている?」
「はい、先ほどまで子ども達に絵本を読み聞かせていましたが、今は園庭であのように……」
ゼフィールはいつもの堅い表情を変えず園庭の中心を指さした。
そこでは長い縄を回し、子どもと一緒になりながら遊んでいるアリーチェがいる。髪を二つに分けてくくり、エプロンのついたワンピースドレスを着ていた。腕の裾をまくりあげ、子ども達に優しく声をかけている。
「俺の天使だ……」
「ルドヴィーク様? 彼女は希代の淫婦と有名な悪女ですよ?」
「なんだ、お前はそんなことを気にしているのか」
「当たり前です! あんな女性を妻に迎えるなど、聞いた時はとうとう父も耄碌したのかと」
ゼフィールは眉間にしわを寄せ、彼女が辺境伯夫人としてふさわしくないとばかりに嫌っている。
「そうか……だが、あのように純真な姿を見ると、どうも噂どおりとは思えないのだが」
「それこそが淫婦の手管ではありませんか」
「そうかもしれん。だが、この十日間、城内にいて男を屋敷に引きずり込んではいないだろう。それどころか、離れの屋敷を掃除していたというではないか」
「そのようですね。ですが、いつ本性を表すかわかったものではありません。ですが辺境伯夫人には、ルドヴィーク様の想い人である桃色ハンカチの令嬢を迎えるべきです」
俺がいつまでも桃色ハンカチを大切にしていることを、側近のゼフィールは知っている。そのため、好きになった相手を見つけ出し、求婚した方がいいと言われたこともあった。
だが、この俺を勃起させる手腕を持つ彼女を手放すわけにはいかない。
ぷりぷりと怒っている様子を見るに、こいつをアリーチェにつけるのは止めた方がいいだろう。それに彼女は淫婦なのかもしれないが、嫁入りを機に心を入れ替えたのかもしれない。
「ゼフィール、お前は通常の仕事に戻れ。彼女の見張りは他の者をつける。そうだな、腕のたつ女性騎士がいなかったか?」
「……わかりました。騎士についてはすぐに手配しましょう」
「お前ができる男で助かるよ」
彼の肩をぽんと叩くが、ゼフィールはまだ不服そうだ。潔癖な男だから、初恋相手の令嬢から俺を奪うことになる彼女が許せないのだろう。
心地よい風に吹かれながら子ども達を見ていると、アリーチェが俺の姿に気がついた。
「あっ、ルドヴィーク様! ほら、みんな。ご領主様よ、ご挨拶しましょう」
「え、ご領主様なの? お姉ちゃん、ご領主様を知っているの?」
「そうよ、ルドヴィーク様は私の旦那様なの」
花が満開にほころぶような笑顔を向けられ、『旦那様』と呼ばれ心が跳ねる。あの太陽の光を浴びて朗らかな笑顔を見せる彼女が、俺の妻だと思うと嬉しさが込み上げてくる。
「でも、ご領主様には近づいちゃいけないって……」
「そうだよ、いつも怖い顔をしているから、遠くから眺めるだけだよ」
子ども達は素直に俺のことを口にしている。確かに呪いを受けた俺の顔は相手に恐怖心を抱かせるから、仕方のないことだ。
気にしていないと大きく手を振ると、俺の方を見た子どもの一人が「ひっ」と声を上げた。
「ほら、やっぱり怖いよ」
「お姉ちゃん、ご領主様怒ってる」
やはり、子ども達は素直だからわかりやすい。だが泣き出す子どもがいないから、それほど怖がられてはいないが、やはり呪いの効果は変わっていないようだ。少しだけ落胆するが、いつものことだと俺はくるりと背を向ける。
「ゼフィール、行くぞ」
「はっ」
アリーチェは眉尻を下げていたが、これが通常だから仕方がない。普段どおり子ども達から離れ城に戻っていく。それでも俺の心の中には、アリーチェの眩しい姿が焼き付いていた。
城の片隅に作った託児所には、園庭があり囲いの中に遊具が置かれている。子どもたちには泣かれるばかりだが、保育士から上がってくる要望はなるべく叶えるようにしていた。
時折、城内を散歩する集団を遠目にほほえましく見ていただけだが、今日は木で作られた柵まで近寄ってみる。するとアリーチェについているようにと命じておいた側近のゼフィールが入口に立っていた。
「ルドヴィーク様ですか、アリーチェ殿はこちらにおられます」
「おお、ゼフィール。彼女はどうしている?」
「はい、先ほどまで子ども達に絵本を読み聞かせていましたが、今は園庭であのように……」
ゼフィールはいつもの堅い表情を変えず園庭の中心を指さした。
そこでは長い縄を回し、子どもと一緒になりながら遊んでいるアリーチェがいる。髪を二つに分けてくくり、エプロンのついたワンピースドレスを着ていた。腕の裾をまくりあげ、子ども達に優しく声をかけている。
「俺の天使だ……」
「ルドヴィーク様? 彼女は希代の淫婦と有名な悪女ですよ?」
「なんだ、お前はそんなことを気にしているのか」
「当たり前です! あんな女性を妻に迎えるなど、聞いた時はとうとう父も耄碌したのかと」
ゼフィールは眉間にしわを寄せ、彼女が辺境伯夫人としてふさわしくないとばかりに嫌っている。
「そうか……だが、あのように純真な姿を見ると、どうも噂どおりとは思えないのだが」
「それこそが淫婦の手管ではありませんか」
「そうかもしれん。だが、この十日間、城内にいて男を屋敷に引きずり込んではいないだろう。それどころか、離れの屋敷を掃除していたというではないか」
「そのようですね。ですが、いつ本性を表すかわかったものではありません。ですが辺境伯夫人には、ルドヴィーク様の想い人である桃色ハンカチの令嬢を迎えるべきです」
俺がいつまでも桃色ハンカチを大切にしていることを、側近のゼフィールは知っている。そのため、好きになった相手を見つけ出し、求婚した方がいいと言われたこともあった。
だが、この俺を勃起させる手腕を持つ彼女を手放すわけにはいかない。
ぷりぷりと怒っている様子を見るに、こいつをアリーチェにつけるのは止めた方がいいだろう。それに彼女は淫婦なのかもしれないが、嫁入りを機に心を入れ替えたのかもしれない。
「ゼフィール、お前は通常の仕事に戻れ。彼女の見張りは他の者をつける。そうだな、腕のたつ女性騎士がいなかったか?」
「……わかりました。騎士についてはすぐに手配しましょう」
「お前ができる男で助かるよ」
彼の肩をぽんと叩くが、ゼフィールはまだ不服そうだ。潔癖な男だから、初恋相手の令嬢から俺を奪うことになる彼女が許せないのだろう。
心地よい風に吹かれながら子ども達を見ていると、アリーチェが俺の姿に気がついた。
「あっ、ルドヴィーク様! ほら、みんな。ご領主様よ、ご挨拶しましょう」
「え、ご領主様なの? お姉ちゃん、ご領主様を知っているの?」
「そうよ、ルドヴィーク様は私の旦那様なの」
花が満開にほころぶような笑顔を向けられ、『旦那様』と呼ばれ心が跳ねる。あの太陽の光を浴びて朗らかな笑顔を見せる彼女が、俺の妻だと思うと嬉しさが込み上げてくる。
「でも、ご領主様には近づいちゃいけないって……」
「そうだよ、いつも怖い顔をしているから、遠くから眺めるだけだよ」
子ども達は素直に俺のことを口にしている。確かに呪いを受けた俺の顔は相手に恐怖心を抱かせるから、仕方のないことだ。
気にしていないと大きく手を振ると、俺の方を見た子どもの一人が「ひっ」と声を上げた。
「ほら、やっぱり怖いよ」
「お姉ちゃん、ご領主様怒ってる」
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「ゼフィール、行くぞ」
「はっ」
アリーチェは眉尻を下げていたが、これが通常だから仕方がない。普段どおり子ども達から離れ城に戻っていく。それでも俺の心の中には、アリーチェの眩しい姿が焼き付いていた。
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