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ある朝の会話
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◆◆◆ 《デイモンド視点》
夫婦の寝室に昨夜は二人で入ったきり、ルドヴィーク様も籠ったまま出てこない。
——ようやく、坊ちゃんも伴侶を得られたか……
長年の希望が成就する時も近いだろう。やはり自分の勘は当たっていた。
王家に次ぐほどの格式と伝統を持つバルシュ辺境伯の血筋を絶やしてはいけないと、近年は嫁探しに奔走していた。少年の時に受けた魔女の呪いのため、周囲からは恐れられるが元は心優しく誠実な領主様だ。
なのに貴族令嬢はルドヴィーク様の顔を見ただけで失神してしまう。ようやく会話のできる相手を見つけても、とてもではないが閨事まで進まなかった。
それが、男を魅了してやまないとベルカ子爵令嬢の噂を聞き、迷わず結婚を申し込む手配をする。
すると王都からやってきたのは、想像していた妖艶な美女ではなく、清楚で可愛らしい女性であった。あの時は間違えたのかと一瞬ヒヤッとしたけれど、肝が据わっているのかルドヴィーク様を見ても悲鳴を上げない。
さすが男性慣れしていると、安堵したものだった。
「侍女のシェナ殿を呼び、支度が必要か聞くように」
「はい」
昨夜は逃げ出さないために見張りを立てていたが、出番もなくて良かった。きっと無事に同衾されたのだろう。あとは二人を祝福して……
「なに? 奥方だけ部屋から出てきたのか?」
「はい、領主殿はまだ寝室で休まれているようです」
急ぎ朝食を用意してあるダイニングへ行くと、すっきりと顔を輝かせた奥方がパンを摘まんでいる。筆頭執事として朝の挨拶をと、私はテーブルに近づいた。
「奥様、用意しました朝食はいかがでしょうか」
「ええ、とっても美味しいです。昨日はほとんど食べることができなかったら、お腹が空いてしまって」
にこにこと笑顔を振りまいている奥方は本当に可愛らしい。まだ目元には幼さの残る顔をしているのに、これで百戦錬磨の夜の女王というのだから、この年になってもわからないことが多い。
「今朝は奥様お一人でしょうか?」
「そうなの、ルドヴィーク様はお疲れになったのか、まだ寝ていると思うわ」
——なんと! あの軍神ともよばれ敵からも恐れられる戦士を眠らせるとは! さらに本人は起きて元気いっぱいだとは……なんと、性豪とは奥が深い……!
心の中では嵐が吹き荒れるが、そんなことはおくびにも出さず給仕をする。
「左様でしたか」
「あ、でも今朝は少し起きていたのよ。それが突然、気を失ったかと思ったけど……寝ているだけで、安心しました」
——なんと、気を失わせるほどの絶頂! それも朝から! いったい、この可愛らしい姿からどのような手練手管が飛び出てくるのか……!
無表情を貫きながら、紅茶を注ぐ。筆頭執事として、主人に不快な思いをさせるわけにはいかない。
「では、ルドヴィーク様も幸せな夢をみていらっしゃいますね」
「うーん……どうかしら、夫婦としてはこれからですし……」
——なんと! まだ性技を出し尽くしていないと! 坊ちゃん、これは素晴らしい女人を娶られましたな……
この調子であれば、きっと待望の世継ぎも早々に期待できるだろう。満ち足りた喜びが心の奥から溢れてくる。なんと、ありがたいことだろうか。
「奥様、何でも不足のことがありましたら、私どもにお申し付けください」
「ありがとう、頼りにしています」
所作も美しく会話の受け答えもしっかりしている。この古く使われていなかった屋敷の掃除を厭わず、侍女との関係も良い。あまり期待していなかったが、この様子であればバルシュ辺境伯夫人として表に立つこともできるかもしれない。
だが、まだ結婚して一日目にすぎない。いつ奥方が豹変して男漁りを始めるか、引き続き注意しなくてはならない。この可憐な姿で誘われれば、既婚者であっても男はイチコロなのが目に見える。
気を引き締めるようにして周囲を見回しながらも、朝食を美味しそうに食べるアリーチェ様を見て、私は思わず頬を緩め目を細めるのだった。
夫婦の寝室に昨夜は二人で入ったきり、ルドヴィーク様も籠ったまま出てこない。
——ようやく、坊ちゃんも伴侶を得られたか……
長年の希望が成就する時も近いだろう。やはり自分の勘は当たっていた。
王家に次ぐほどの格式と伝統を持つバルシュ辺境伯の血筋を絶やしてはいけないと、近年は嫁探しに奔走していた。少年の時に受けた魔女の呪いのため、周囲からは恐れられるが元は心優しく誠実な領主様だ。
なのに貴族令嬢はルドヴィーク様の顔を見ただけで失神してしまう。ようやく会話のできる相手を見つけても、とてもではないが閨事まで進まなかった。
それが、男を魅了してやまないとベルカ子爵令嬢の噂を聞き、迷わず結婚を申し込む手配をする。
すると王都からやってきたのは、想像していた妖艶な美女ではなく、清楚で可愛らしい女性であった。あの時は間違えたのかと一瞬ヒヤッとしたけれど、肝が据わっているのかルドヴィーク様を見ても悲鳴を上げない。
さすが男性慣れしていると、安堵したものだった。
「侍女のシェナ殿を呼び、支度が必要か聞くように」
「はい」
昨夜は逃げ出さないために見張りを立てていたが、出番もなくて良かった。きっと無事に同衾されたのだろう。あとは二人を祝福して……
「なに? 奥方だけ部屋から出てきたのか?」
「はい、領主殿はまだ寝室で休まれているようです」
急ぎ朝食を用意してあるダイニングへ行くと、すっきりと顔を輝かせた奥方がパンを摘まんでいる。筆頭執事として朝の挨拶をと、私はテーブルに近づいた。
「奥様、用意しました朝食はいかがでしょうか」
「ええ、とっても美味しいです。昨日はほとんど食べることができなかったら、お腹が空いてしまって」
にこにこと笑顔を振りまいている奥方は本当に可愛らしい。まだ目元には幼さの残る顔をしているのに、これで百戦錬磨の夜の女王というのだから、この年になってもわからないことが多い。
「今朝は奥様お一人でしょうか?」
「そうなの、ルドヴィーク様はお疲れになったのか、まだ寝ていると思うわ」
——なんと! あの軍神ともよばれ敵からも恐れられる戦士を眠らせるとは! さらに本人は起きて元気いっぱいだとは……なんと、性豪とは奥が深い……!
心の中では嵐が吹き荒れるが、そんなことはおくびにも出さず給仕をする。
「左様でしたか」
「あ、でも今朝は少し起きていたのよ。それが突然、気を失ったかと思ったけど……寝ているだけで、安心しました」
——なんと、気を失わせるほどの絶頂! それも朝から! いったい、この可愛らしい姿からどのような手練手管が飛び出てくるのか……!
無表情を貫きながら、紅茶を注ぐ。筆頭執事として、主人に不快な思いをさせるわけにはいかない。
「では、ルドヴィーク様も幸せな夢をみていらっしゃいますね」
「うーん……どうかしら、夫婦としてはこれからですし……」
——なんと! まだ性技を出し尽くしていないと! 坊ちゃん、これは素晴らしい女人を娶られましたな……
この調子であれば、きっと待望の世継ぎも早々に期待できるだろう。満ち足りた喜びが心の奥から溢れてくる。なんと、ありがたいことだろうか。
「奥様、何でも不足のことがありましたら、私どもにお申し付けください」
「ありがとう、頼りにしています」
所作も美しく会話の受け答えもしっかりしている。この古く使われていなかった屋敷の掃除を厭わず、侍女との関係も良い。あまり期待していなかったが、この様子であればバルシュ辺境伯夫人として表に立つこともできるかもしれない。
だが、まだ結婚して一日目にすぎない。いつ奥方が豹変して男漁りを始めるか、引き続き注意しなくてはならない。この可憐な姿で誘われれば、既婚者であっても男はイチコロなのが目に見える。
気を引き締めるようにして周囲を見回しながらも、朝食を美味しそうに食べるアリーチェ様を見て、私は思わず頬を緩め目を細めるのだった。
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