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下半身の靄②
しおりを挟むまるで私が淫乱な女性で、男性であればだれとでも寝ると思っているのだろうか。そんなのは誤解だから、話を聞いて欲しいけれど……。
——あ! もしかして、この黒い靄のせいなのかも!
これほどの靄に包まれていては、正常なことを考えられないのだろう。だから私が淫乱だと思い込んでしまうに違いない。
ふんふんとルドヴィーク様の説明を一通り聞くと、契約書にサインをする前にと私は口を開く。
「ルドヴィーク様、契約の前に私の方からもよろしいでしょうか」
「あ、ああ。なんだ、話があると言っていたが」
コホン、と咳払いをした私は、スカートの裾を持つと立ち上がった。そしてスタスタと歩いてルドヴィークの座っている後ろに立つ。
「これから私が、ルドヴィーク様の頭部を触ります。少し時間がかかるかもしれませんが……きっと、頭が晴れると思いますので、ジッとしていてくださいね」
「頭が晴れる?」
「はい、スッキリすると思います!」
こうしたことはくどくどと説明するよりも、体験してもらった方が早い。私は両手をかざすと、黒いもやもやを払うようにして頭に触れた。
——うわっ、これ、凄くこびりついてる!
普段であれば、触れるだけで消える靄が簡単には消えそうにない。けれど根気よく払っていくと、綺麗になると確信していた。
「ちょっと痛いかもしれませんが、我慢してくださいね」
「なに?」
払うだけでは難しいと、私はルドヴィーク様の肩をパシンと叩いた。すると靄がスッと消えていく。二度、三度と続けていくうちに、肩が軽くなっていくのを感じた彼が声をかける。
「これは……私の肩に何かついているのか?」
「肩というか……ちょっと待ってください」
パシン、パシンと叩くと埃が上がるように靄が上がってくる。けれど、なかなか全部を払いきれない。
こんなことは初めてで、焦りはじめた私は彼の全身を観察する。よく見ると、靄は上半身よりも下半身にこびりついている方が少しだけ薄い。
「あの……すみませんが、寝台に横になって貰えますか?」
「寝台に?」
「はい、その方が全身スッキリすると思います」
これまでにない量の靄を払っているせいか、さすがの私も息が切れてくる。こうなったら先に下半身の靄をとってしまおうと、ルドヴィーク様を寝台に寝かせた。
——うわぁ、これは……この場所、払ってもいいかなぁ……結婚したんだから、いいよね……。
黒い靄は下半身の股間部分に集中している。戸惑いを感じるけれど、ここを払わないことにはスッキリしない。
私はいつものように手で靄を払うようにして、下半身に触れる。どうしても避けきれないが、仕方がない。なるべくアレに触れないようにしながらも、黒い靄を払っていく。
しばらくすると、根っこの部分にあたる靄が見えてきたので、それを掴んで引っこ抜くことにした。
「ちょっと動かないでいてくださいね」
「あ、ああ……」
まるで股間を掴むように手で触れると、流石にびっくりしたのかルドヴィーク様の身体がビクンと震える。そのまま根っこを掴んだ私は、「えいっ」と掛け声をかけるとそれを引き抜いた。
「できたっ!」
掴んでいた靄の根っこが、手の中でさらさらと消えていく。どうやらルドヴィーク様の身体を離れたことで、効力がなくなったようだ。けれど、力を出し切ったのか私の身体に限界がきてしまう。
「はぁ……はぁ……あの、すみません」
「どうした?」
「ちょっと……眠気が……きてしまって」
「なに?」
「おやすみなさい」
下半身の呪いを消した途端、急激に眠くなる。まだ何も説明していないのに、私は倒れ込むようにして横になった。
これまでにないほど不思議な力を使った私は、眠気に抗うことができなくて、ルドヴィーク様の隣で横になるとすやすやと寝息を立ててしまう。
その時、隣に寝ていたルドヴィーク様の下半身に予想もしなかった事態がおこり、彼は衝撃に襲われていた。そんなことなどつゆ知らず、私は健やかな寝顔を見せるのだった。
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