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下半身の靄①
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ようやく屋敷にたどり着くと、ルドヴィーク様は建物を見上げてチッと舌打ちをした。
「これほどまでに荒れていたのか……」
「ルドヴィーク様?」
どうやら彼は、離れの屋敷がここまで廃れていたとは知らなかったのか、申し訳なさそうに下を向いた。
「すまない、こんな屋敷を俺は宛がっていたのか」
「大丈夫です、私とシェナで掃除をしたところ、随分と過ごしやすくなりました。流石に外壁までは手がまわりませんでしたが、中は綺麗ですよ」
「君が……掃除を?」
「はい」
素直に答えると、どこか疑っているようだ。でも、とにかく屋敷の中に入ろうと手を引かれる。
「確かに、中はまともなようだな」
外から見るのと比べると、屋敷の中は随分と修理もできている。
「そう言っていただけると、嬉しいです」
「君は……」
ルドウィーク様は躊躇いながらも、私の手を引いていく。するとシェナが私達を出迎えてくれた。
「アリーチェ様、お待ちしていました。一旦お着替えをしますので、こちらへどうぞ」
いつものお仕着せを着たシェナは、私を案内しようとすると、ルドウィーク様が足を止める。
「君は……どこかで見たような」
とシェナを見て呟いた。確かに、王都で助けて貰った時に会っている。けれど、シェナはその時のことを思い出したのか、「ひっ」と言い固まった。
「あの、ルドウィーク様は先に寝室に行ってください。私もすぐにまいりますから」
「あ、あぁ」
彼も怖がられるのに慣れているのか、すぐに階段を上っていく。私はルドヴィーク様と別れて一旦私室に戻ると、ドレスを脱いで薄い夜着に着替えさせられた。
「シェナ、こんなにも薄いものを着ないといけないの?」
「はい、初夜の花嫁はこうしたものを着て、旦那様を夢中にさせるのです」
「でも、恥ずかしいわ」
白っぽくて薄い生地でできたそれは、私の胸の谷間をくっきりと浮かび上がらせている。こんなにもはしたないものを着て、軽蔑されないだろうか。でもガウンを羽織ると夜着は隠れ、簡易なワンピースを着ているような姿になった。
これであれば大丈夫と、私は主寝室に通じる扉を開けて中に入る。この部屋も掃除をしておいてよかった。
すると先に部屋にいたルドヴィーク様は正装を解き、扉に鍵を閉めて部屋の中や窓の外を伺っている。
「……デイモンドめ、見張りを立てているな」
「? どうされましたか?」
ルドヴィーク様は私の姿を目にすると、「うっ」と声を上げて固まった。そういえばベールをとって顔を見せるのは、ここに来てからは初めてだった。結婚式から今まで、ずっと顔を見せていなかったけれど私も彼の顔を見ていない。
「あ、アリーチェです。よ、よろしくお願いします……」
とにかく私は頭を下げると「まさか、これほどとは……」とルドウィーク様が小さく呟く。そしてコホンと軽く咳をした彼は、仕切り直すように硬い声をだした。
「とりあえずアリーチェ殿、悪いがそこに座ってくれ」
「はい」
寝室には応接するためのソファーが置かれている。とうとう初夜を迎えることになり、私は高鳴る鼓動を感じながら腰を下ろした。
「あの……ルドヴィーク様、私もお話したいことがあります」
「そうか、俺も確認したいことがある。酒に酔われると困ると思い、すぐに宴席を抜けてきたが、もし酔いたいのであれば、明日からにしてくれ」
「はぁ。あの、お酒は別にいいのですが……お話とは?」
私は首をかしげてルドヴィーク様を見た。相変わらず顔は黒い靄に囲まれて表情がわからない。けれど向かい側に座る彼は特に不機嫌にはなっていないようだ。
「ところで結婚に関する契約書は読んでくれたのか?」
「はい? 契約書ですか? 見ていませんが」
素直に読んでいないことを伝えると、ルドヴィーク様は額を抑えながらはぁーっと長いため息を吐く。どうやら、結婚前に読んでいて欲しかったものらしい。
「デイモンドめ……わざとだな。まぁ、仕方がない。この書類を見て欲しい。これは俺達の利益のために最善となるよう、考えた契約だ」
「……はい?」
私の向かい側に座った彼は、一枚の紙を低いテーブルの上に広げる。そこには結婚に際しての契約事項が並んでいた。
「かいつまんで話すと、君には辺境伯夫人としてお飾りの妻になって欲しい。俺が君を愛することはないし、君が俺を愛する必要もない」
「……はぁ」
「愛人をつくるのは自由だが、できれば大っぴらにしないで欲しい。子どもが欲しければ、親族の男性を紹介する。君が選んだ者と交わり、男児を産んだ後であれば自由にして貰っても構わない」
「……はぁ」
「それから、今夜は一刻以上はこの部屋で俺と同じ寝台で寝て欲しいが、ふりだけで構わない。同衾することは期待しないでくれ。しばらくしたら城に帰るから、君はここで寝てくれればいい」
「……はぁ」
思いがけない言葉が飛び出してきて、混乱してしまう。どうしてルドヴィーク様がこんなことを言い出したのか、理解できない。
「これほどまでに荒れていたのか……」
「ルドヴィーク様?」
どうやら彼は、離れの屋敷がここまで廃れていたとは知らなかったのか、申し訳なさそうに下を向いた。
「すまない、こんな屋敷を俺は宛がっていたのか」
「大丈夫です、私とシェナで掃除をしたところ、随分と過ごしやすくなりました。流石に外壁までは手がまわりませんでしたが、中は綺麗ですよ」
「君が……掃除を?」
「はい」
素直に答えると、どこか疑っているようだ。でも、とにかく屋敷の中に入ろうと手を引かれる。
「確かに、中はまともなようだな」
外から見るのと比べると、屋敷の中は随分と修理もできている。
「そう言っていただけると、嬉しいです」
「君は……」
ルドウィーク様は躊躇いながらも、私の手を引いていく。するとシェナが私達を出迎えてくれた。
「アリーチェ様、お待ちしていました。一旦お着替えをしますので、こちらへどうぞ」
いつものお仕着せを着たシェナは、私を案内しようとすると、ルドウィーク様が足を止める。
「君は……どこかで見たような」
とシェナを見て呟いた。確かに、王都で助けて貰った時に会っている。けれど、シェナはその時のことを思い出したのか、「ひっ」と言い固まった。
「あの、ルドウィーク様は先に寝室に行ってください。私もすぐにまいりますから」
「あ、あぁ」
彼も怖がられるのに慣れているのか、すぐに階段を上っていく。私はルドヴィーク様と別れて一旦私室に戻ると、ドレスを脱いで薄い夜着に着替えさせられた。
「シェナ、こんなにも薄いものを着ないといけないの?」
「はい、初夜の花嫁はこうしたものを着て、旦那様を夢中にさせるのです」
「でも、恥ずかしいわ」
白っぽくて薄い生地でできたそれは、私の胸の谷間をくっきりと浮かび上がらせている。こんなにもはしたないものを着て、軽蔑されないだろうか。でもガウンを羽織ると夜着は隠れ、簡易なワンピースを着ているような姿になった。
これであれば大丈夫と、私は主寝室に通じる扉を開けて中に入る。この部屋も掃除をしておいてよかった。
すると先に部屋にいたルドヴィーク様は正装を解き、扉に鍵を閉めて部屋の中や窓の外を伺っている。
「……デイモンドめ、見張りを立てているな」
「? どうされましたか?」
ルドヴィーク様は私の姿を目にすると、「うっ」と声を上げて固まった。そういえばベールをとって顔を見せるのは、ここに来てからは初めてだった。結婚式から今まで、ずっと顔を見せていなかったけれど私も彼の顔を見ていない。
「あ、アリーチェです。よ、よろしくお願いします……」
とにかく私は頭を下げると「まさか、これほどとは……」とルドウィーク様が小さく呟く。そしてコホンと軽く咳をした彼は、仕切り直すように硬い声をだした。
「とりあえずアリーチェ殿、悪いがそこに座ってくれ」
「はい」
寝室には応接するためのソファーが置かれている。とうとう初夜を迎えることになり、私は高鳴る鼓動を感じながら腰を下ろした。
「あの……ルドヴィーク様、私もお話したいことがあります」
「そうか、俺も確認したいことがある。酒に酔われると困ると思い、すぐに宴席を抜けてきたが、もし酔いたいのであれば、明日からにしてくれ」
「はぁ。あの、お酒は別にいいのですが……お話とは?」
私は首をかしげてルドヴィーク様を見た。相変わらず顔は黒い靄に囲まれて表情がわからない。けれど向かい側に座る彼は特に不機嫌にはなっていないようだ。
「ところで結婚に関する契約書は読んでくれたのか?」
「はい? 契約書ですか? 見ていませんが」
素直に読んでいないことを伝えると、ルドヴィーク様は額を抑えながらはぁーっと長いため息を吐く。どうやら、結婚前に読んでいて欲しかったものらしい。
「デイモンドめ……わざとだな。まぁ、仕方がない。この書類を見て欲しい。これは俺達の利益のために最善となるよう、考えた契約だ」
「……はい?」
私の向かい側に座った彼は、一枚の紙を低いテーブルの上に広げる。そこには結婚に際しての契約事項が並んでいた。
「かいつまんで話すと、君には辺境伯夫人としてお飾りの妻になって欲しい。俺が君を愛することはないし、君が俺を愛する必要もない」
「……はぁ」
「愛人をつくるのは自由だが、できれば大っぴらにしないで欲しい。子どもが欲しければ、親族の男性を紹介する。君が選んだ者と交わり、男児を産んだ後であれば自由にして貰っても構わない」
「……はぁ」
「それから、今夜は一刻以上はこの部屋で俺と同じ寝台で寝て欲しいが、ふりだけで構わない。同衾することは期待しないでくれ。しばらくしたら城に帰るから、君はここで寝てくれればいい」
「……はぁ」
思いがけない言葉が飛び出してきて、混乱してしまう。どうしてルドヴィーク様がこんなことを言い出したのか、理解できない。
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