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簡易な結婚式②
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◆◆◆
次の日は快晴、朝から急いで身体を磨き、衣装を整え化粧をする。質素とはいっても結婚式だから、綺麗な姿でいたい。デイモンドさんの話では、結婚式は簡易だけれど半年後に行う披露宴は盛大にするらしい。
その時までどうかお残りください、なんて含みのある言い方をされたけれど……
「会場はこちらです」
迎えに来てくれたゼフィールさんは、朗らかなお父さんと違いとても生真面目そうな人だった。銀色の長い髪を後ろで縛り、眼鏡をかけて笑顔もなく、いかにも有能な側近といった雰囲気を醸し出している。普段はルドヴィーク様の執務を補佐しているようだ。
前をゆっくりと歩く彼の後について、初めて礼拝堂に入っていく。白く小さな建物は、軍事演習もするという広大な庭の隅に建てられていた。
尖塔の先端には鐘があり、城内に時刻を知らせている。今日は式典のため開始時刻にはカラン、コロンと盛大に鳴っていた。結婚を祝福しているようで嬉しくなる。
「では、お入りください」
ゼフィールさんは入り口の扉を開くと足を止め、私はそのまま入場していく。といっても、ルドヴィーク様の両親は既にいないため、立ち会うのは数人の使用人頭だけのよう。
本当は私の家族も招きたかったけれど、外の人を呼ぶ必要はないとルドヴィーク様から命じられていた。
とにかく今日、私はようやく彼と再会できる。それを想うだけで緊張して手には汗をかいていた。
「本当にいるのかな……」
扉が開かれる前、つい呟いてしまったけれどそれは杞憂だった。
——いた! ルドヴィーク様!
簡易な結婚式とはいえ、彼は漆黒の長い髪を下ろし、白い式典用の騎士服を着て祭壇の前に立っている。
今日も金色の肩章には竜の紋が煌めき、金糸の飾り帯が二本も垂れていた。濃い青色のサッシュがかけられ、白い手袋をしている。
鍛えられた筋肉質の身体の魅力を余すところなく見せつけるような正装だ。あまりにも素敵な姿を見ることができて、それだけで私の足は震えてしまう。
でも……相変わらず顔の周囲には恐ろしいほどの黒い靄がかかっている。よく見ると腰の辺りも黒くなっていた。
あんなにも靄がかかって、身体は大丈夫なのかな……
心配になるけれど、今の私は花嫁だ。
私は白く花の刺繍のついたドレスを着て、薄いベールを被っている。顔が見えるようではっきりと見えないベールは、辺境でしか採れない糸を使っている。
緊張で足が震えるけれど、新郎の隣に何とか進んでいく。質素で簡素だと聞いていた式は、本当にその通りだった。
音楽も何もなく司式が行われ、誓いあうとすぐに結婚宣誓書に署名をする。キスも何もないまま、一生に一度の式典があっと言う間に終わり私はバルシュ辺境伯夫人となった。
結婚式後は城にいる者を集め、園庭で祝いの席がもたれている。けれどルドヴィーク様は乾杯の音頭をとっただけで、私の手をとると立ち上がった。
ベールはつけたままだから、まだ正面から顔を見られていない。ようやく手袋越しに手を触れられ、私の心臓はトクリと跳ねる。
「皆の者、後は楽しんでくれ」
低い声が朗々と庭に響き渡ると、ルドヴィーク様は私の手を引いて会場を後にした。私は白いドレスが汚れないように気をつけながら、引かれるままに進んでいく。
「あの……今夜はどちらの部屋に?」
慣れない場所を進んでいくけれど、どこに向かっているのか見当もつかない。私の支度は全て離れにあるのだけれど……と思っていると、ルドヴィーク様はそこで足を止めて見下ろした。
「そうだな……離れの方が面倒がないか。よし、別宅に行こう」
「えっ、あ、っはい」
慣れた屋敷に行くことになりホッとするけれど……ルドヴィーク様はあそこに泊まるつもりなのだろうか? バルシュ辺境伯たるお方がお泊りになってもいいのだろうか、と思うけれど手を引かれてしまい、どうすることもできない。
長い足に追いつくように駆け足気味で進んでいく。冷たい春の風が吹くけれど、そんなことにはお構いなく突き進んでいく。靄さえなければ、顔の表情を見ることができるのに……それさえも叶わない。
次の日は快晴、朝から急いで身体を磨き、衣装を整え化粧をする。質素とはいっても結婚式だから、綺麗な姿でいたい。デイモンドさんの話では、結婚式は簡易だけれど半年後に行う披露宴は盛大にするらしい。
その時までどうかお残りください、なんて含みのある言い方をされたけれど……
「会場はこちらです」
迎えに来てくれたゼフィールさんは、朗らかなお父さんと違いとても生真面目そうな人だった。銀色の長い髪を後ろで縛り、眼鏡をかけて笑顔もなく、いかにも有能な側近といった雰囲気を醸し出している。普段はルドヴィーク様の執務を補佐しているようだ。
前をゆっくりと歩く彼の後について、初めて礼拝堂に入っていく。白く小さな建物は、軍事演習もするという広大な庭の隅に建てられていた。
尖塔の先端には鐘があり、城内に時刻を知らせている。今日は式典のため開始時刻にはカラン、コロンと盛大に鳴っていた。結婚を祝福しているようで嬉しくなる。
「では、お入りください」
ゼフィールさんは入り口の扉を開くと足を止め、私はそのまま入場していく。といっても、ルドヴィーク様の両親は既にいないため、立ち会うのは数人の使用人頭だけのよう。
本当は私の家族も招きたかったけれど、外の人を呼ぶ必要はないとルドヴィーク様から命じられていた。
とにかく今日、私はようやく彼と再会できる。それを想うだけで緊張して手には汗をかいていた。
「本当にいるのかな……」
扉が開かれる前、つい呟いてしまったけれどそれは杞憂だった。
——いた! ルドヴィーク様!
簡易な結婚式とはいえ、彼は漆黒の長い髪を下ろし、白い式典用の騎士服を着て祭壇の前に立っている。
今日も金色の肩章には竜の紋が煌めき、金糸の飾り帯が二本も垂れていた。濃い青色のサッシュがかけられ、白い手袋をしている。
鍛えられた筋肉質の身体の魅力を余すところなく見せつけるような正装だ。あまりにも素敵な姿を見ることができて、それだけで私の足は震えてしまう。
でも……相変わらず顔の周囲には恐ろしいほどの黒い靄がかかっている。よく見ると腰の辺りも黒くなっていた。
あんなにも靄がかかって、身体は大丈夫なのかな……
心配になるけれど、今の私は花嫁だ。
私は白く花の刺繍のついたドレスを着て、薄いベールを被っている。顔が見えるようではっきりと見えないベールは、辺境でしか採れない糸を使っている。
緊張で足が震えるけれど、新郎の隣に何とか進んでいく。質素で簡素だと聞いていた式は、本当にその通りだった。
音楽も何もなく司式が行われ、誓いあうとすぐに結婚宣誓書に署名をする。キスも何もないまま、一生に一度の式典があっと言う間に終わり私はバルシュ辺境伯夫人となった。
結婚式後は城にいる者を集め、園庭で祝いの席がもたれている。けれどルドヴィーク様は乾杯の音頭をとっただけで、私の手をとると立ち上がった。
ベールはつけたままだから、まだ正面から顔を見られていない。ようやく手袋越しに手を触れられ、私の心臓はトクリと跳ねる。
「皆の者、後は楽しんでくれ」
低い声が朗々と庭に響き渡ると、ルドヴィーク様は私の手を引いて会場を後にした。私は白いドレスが汚れないように気をつけながら、引かれるままに進んでいく。
「あの……今夜はどちらの部屋に?」
慣れない場所を進んでいくけれど、どこに向かっているのか見当もつかない。私の支度は全て離れにあるのだけれど……と思っていると、ルドヴィーク様はそこで足を止めて見下ろした。
「そうだな……離れの方が面倒がないか。よし、別宅に行こう」
「えっ、あ、っはい」
慣れた屋敷に行くことになりホッとするけれど……ルドヴィーク様はあそこに泊まるつもりなのだろうか? バルシュ辺境伯たるお方がお泊りになってもいいのだろうか、と思うけれど手を引かれてしまい、どうすることもできない。
長い足に追いつくように駆け足気味で進んでいく。冷たい春の風が吹くけれど、そんなことにはお構いなく突き進んでいく。靄さえなければ、顔の表情を見ることができるのに……それさえも叶わない。
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