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アリーチェ②

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 ——良かったぁ、アミフェ姉さまではないと言われたら、どうしようかと思ったわ……

 父親は一緒なのに、私と姉さまはあまり似ていない。胸がちょっぴり大きいところは似ているけど、それでも姉さまよりは小さかった。

 それでも筆頭執事に認められたのだから、私でも大丈夫だろう。とにかくベルカ子爵令嬢であれば良かったようだ。

 ホッとしつつも荷物を広げ、片付けようと思っていると、彼から結婚式のことを伝えられる。

「簡易なものになりますが、式は十日過ぎた頃に行います。必要なものがございましたら、何なりとお申しつけください」
「まぁ、そんなにも早く式を挙げるのですね……」

 驚きを隠せないけれど、ここまで来たからには覚悟を決める。拳をギュッと握りしめ、「わかりました」と返事をすると、デイモンドさんはホッとして頬を緩めた。

「それで、閣下にお会いしてご挨拶をしたいのだけど、どちらにいらっしゃるのかしら」

 するとたちまちデイモンドさんは眉根を寄せ、少し困ったような顔をする。

「ご挨拶についてはルドヴィーク様に確認してから、のちにお呼び致します。しばらくお待ちください」
「……そうなの」

 結婚を前に挨拶もないなんて――。驚きを隠せなくて耳を疑ってしまう。けれど、彼はにこやかに返答した。

「それではよろしくお願いします。アリーチェ様の手腕には私をはじめ、皆期待をしておりますので――」

 再び丁寧にお辞儀をされて頼まれるけれど、手腕ってどういうことだろう。

 その疑問は明かされることなく、そしてルドヴィーク様に会うこともなく、私は結婚式までの日々を過ごすことになった。

◆◆◆《ルドヴィーク視点》 

「ルドヴィーク様、食事の用意ができております」
「わかった。これが終わったら行こう」

 視線を感じた俺は執務用の机から顔を上げ、執事のデイモンドを見た。何かを言いたげにジーっと見つめてくる。

「なんだ、しばらくしたら食堂に向かうと言ったではないか」
「……ご令嬢が到着して、もう十日もたっております」
「十日か。それで、まだ滞在しているのか?」
「はい、侍女とお二人で過ごされているようです」

 持っていた羽ペンを置き、イスに腰かけながら腕を組んだ。

「客人は帰りたいと叫んでいないか」
「そのような態度はとられていません」
「……」

 ムスッとした顔をして睨みつけるが老執事は慣れたものだ。全く引かない。

「ご令嬢も、帰ることができないのでしょう。噂のある方ですから、優良な嫁ぎ先など望めるはずもありません。ここはバルシュ辺境伯として、覚悟をお決めください」
「……結婚か」

 俺は額に手をあて、目を閉じた。

 俺の顔を見ると誰もが怖がり、自分に近寄らない。『冷酷な辺境伯』と噂されるほどだ。領主となった今はさすがに敬意を払われるが、それでも子供たちは顔を見ると逃げ惑い近寄らない。

 悩みのつきないこの顔の表情は、少年の時に出会った魔女が原因とわかっている。

 まだ少年だった頃、不思議な色をした蝶に呼ばれた俺は、湖のほとりに誘われる。好奇心旺盛で行動力もあったから、護衛をまいて蝶を追いかけると、湖畔に立つ赤いドレスの美女を見つけた。

「お前か? 俺を呼んだのは」
「そうよ……黒髪に黒目だなんて、綺麗ね。気に入ったわ。可愛がってあげるから、私の屋敷にきて一緒に過ごしましょう」

 美女は真っ赤な唇をして、誘惑するように囁いた。だが本能で「この女は危ない」と嗅ぎ取り耳を塞ぐ。胡散臭い美貌に気分が悪くなり、俺は気がついたら叫んでいた。

「お、お前のように年増の汚い女の相手なんか、できるものか!」

 相手をするという意味も知らなかったが、とにかく関わりたくはない。辺境騎士団の兵士たちから学んだ罵る言葉を吐きながら強い瞳で睨み返すと、美女はギリッと奥歯をかみしめた。
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