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アリーチェ
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◆◆◆《アリーチェ視点》
——ようやく、着いたのね。
堅牢な城壁に囲まれた街に入ると、人々のざわめきが聞こえてくる。バルシュ辺境伯領のおひざ元である街は活気づいていた。窓から外の様子を見ているだけで、うきうきと心が弾む。これから、ここが私の住む街になる。
私は乗りっぱなしで痛みを感じる腰とお尻をゆっくりと撫でた。すると黒い靄が消えスッと身体が軽くなる。不思議な力のおかげで、弱音を吐くことなく私は長い旅路を終えることができた。
辺境伯の住んでいる城の周りには川が流れ、城内に行くには石でつくられた橋を渡る必要がある。頑強な砦の中にある城の正門でガタン、と音を立てて馬車が止まると、扉の向こう側では踏み台が用意されていた。
服装に乱れがないかを確認して、私は扉が開くのを待つ。窓からは壮大な城が見え尖塔がそびえている。ここにバルシュ辺境伯がいると思うと、胸がバクバクしてうるさいくらいだ。
カチャリ、と鍵が外され扉が開いていく。新鮮で冷たい空気を吸い込むと同時に、一歩足を踏み出した。
けれど……
「え?」
どう見ても壊れかかった屋敷が目に入る。到着した先で案内されたのは辺境伯閣下の住む城ではなく、離れにある別宅だった。
馬車を降りると周囲には誰もおらず、御者が「こちらです」と案内する。
目の前にあるこぢんまりとした屋敷は、どうやら使われていなかったのか埃が舞っている。破れたままの窓に、蝶番の外れたドア。灯りのない屋敷の中は、まるで幽霊が出てきてもおかしくないほど暗い。
馬車に乗せてあった荷物が玄関に運びこまれると、侍女としてついてきたシェナと二人で残されてしまった。どうやら、屋敷にはメイドも配置されていないようだ。
「シェナ……ここが本当に私の新しい住まいなのかしら」
ギィギィと屋敷の奥からは恐ろしい音が聞こえてくる。二人きりでどうしたものかと眺めていると、下男らしき男が庭から近づいて来た。
「はぁ、あんたたち、お館様の新しい嫁さん候補か?」
「嫁さん候補って……! この方はベルカ子爵令嬢なのよ、それなのにこんな屋敷って……あなた、何か知っているの?」
「何かって……おらぁ嫁さん候補が来たら、案内するだけだ」
下男は屋敷の中に入ると、荷物を持って階段を上っていく。屋敷の中の暗さに馴染んでくると、何とか物の在りかは見えてくる。
「シェナ、私なら平気よ。何かの間違いかもしれないけど、とりあえず部屋に行ってみましょう」
「わかりました……お嬢様、後でしっかりと確認しますので、気を確かにしてくださいね」
「大丈夫よ、このくらいのお屋敷なら領地にもたくさんあったわ」
てっきりバルシュ城に案内されると思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。本当にここで暮らすことになるのか不安が胸によぎる。でも、間違いであっても案内されたのだからと気持ちを切り替え、シェナと一緒に屋敷に入っていく。
けれど、私が想像していたよりもはるかに状態は悪く、春なのに隙間風が入って冬のように寒くなる。
「ねぇ、シェナ……私、本当にバルシュ辺境伯閣下と結婚するのかしら」
「そうですね……これは、何かの間違いだと思いたいのですが」
けれどこの仕打ちは全くの間違いではなかった。屋敷で呆然としている私のところに挨拶に来たのは、デイモンドという名の筆頭執事の方だった。
「お初にお目にかかります。私が……――っ!」
デイモンドさんは私の顔をみるなり、ピキリと固まった。「まさか……こんな可憐な方が……」と呟いたかと思うと、すぐに襟を正してお辞儀をする。
「申し訳ありません、このようなお屋敷でお迎えすることをお許しください。これも主人であるルドヴィーク様のご命令でして……その、辺境の地を体感していただきたいとの配慮もあり……」
「デイモンドさん、私のことでしたら大丈夫です。きっとこのお屋敷も掃除をすれば、住み心地は良くなると思います!」
にっこりと笑った私を見て、デイモンドさんはどこか複雑な顔をしている。けれど、どうやら姉ではないことを不審に思ってはないようだ。
——ようやく、着いたのね。
堅牢な城壁に囲まれた街に入ると、人々のざわめきが聞こえてくる。バルシュ辺境伯領のおひざ元である街は活気づいていた。窓から外の様子を見ているだけで、うきうきと心が弾む。これから、ここが私の住む街になる。
私は乗りっぱなしで痛みを感じる腰とお尻をゆっくりと撫でた。すると黒い靄が消えスッと身体が軽くなる。不思議な力のおかげで、弱音を吐くことなく私は長い旅路を終えることができた。
辺境伯の住んでいる城の周りには川が流れ、城内に行くには石でつくられた橋を渡る必要がある。頑強な砦の中にある城の正門でガタン、と音を立てて馬車が止まると、扉の向こう側では踏み台が用意されていた。
服装に乱れがないかを確認して、私は扉が開くのを待つ。窓からは壮大な城が見え尖塔がそびえている。ここにバルシュ辺境伯がいると思うと、胸がバクバクしてうるさいくらいだ。
カチャリ、と鍵が外され扉が開いていく。新鮮で冷たい空気を吸い込むと同時に、一歩足を踏み出した。
けれど……
「え?」
どう見ても壊れかかった屋敷が目に入る。到着した先で案内されたのは辺境伯閣下の住む城ではなく、離れにある別宅だった。
馬車を降りると周囲には誰もおらず、御者が「こちらです」と案内する。
目の前にあるこぢんまりとした屋敷は、どうやら使われていなかったのか埃が舞っている。破れたままの窓に、蝶番の外れたドア。灯りのない屋敷の中は、まるで幽霊が出てきてもおかしくないほど暗い。
馬車に乗せてあった荷物が玄関に運びこまれると、侍女としてついてきたシェナと二人で残されてしまった。どうやら、屋敷にはメイドも配置されていないようだ。
「シェナ……ここが本当に私の新しい住まいなのかしら」
ギィギィと屋敷の奥からは恐ろしい音が聞こえてくる。二人きりでどうしたものかと眺めていると、下男らしき男が庭から近づいて来た。
「はぁ、あんたたち、お館様の新しい嫁さん候補か?」
「嫁さん候補って……! この方はベルカ子爵令嬢なのよ、それなのにこんな屋敷って……あなた、何か知っているの?」
「何かって……おらぁ嫁さん候補が来たら、案内するだけだ」
下男は屋敷の中に入ると、荷物を持って階段を上っていく。屋敷の中の暗さに馴染んでくると、何とか物の在りかは見えてくる。
「シェナ、私なら平気よ。何かの間違いかもしれないけど、とりあえず部屋に行ってみましょう」
「わかりました……お嬢様、後でしっかりと確認しますので、気を確かにしてくださいね」
「大丈夫よ、このくらいのお屋敷なら領地にもたくさんあったわ」
てっきりバルシュ城に案内されると思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。本当にここで暮らすことになるのか不安が胸によぎる。でも、間違いであっても案内されたのだからと気持ちを切り替え、シェナと一緒に屋敷に入っていく。
けれど、私が想像していたよりもはるかに状態は悪く、春なのに隙間風が入って冬のように寒くなる。
「ねぇ、シェナ……私、本当にバルシュ辺境伯閣下と結婚するのかしら」
「そうですね……これは、何かの間違いだと思いたいのですが」
けれどこの仕打ちは全くの間違いではなかった。屋敷で呆然としている私のところに挨拶に来たのは、デイモンドという名の筆頭執事の方だった。
「お初にお目にかかります。私が……――っ!」
デイモンドさんは私の顔をみるなり、ピキリと固まった。「まさか……こんな可憐な方が……」と呟いたかと思うと、すぐに襟を正してお辞儀をする。
「申し訳ありません、このようなお屋敷でお迎えすることをお許しください。これも主人であるルドヴィーク様のご命令でして……その、辺境の地を体感していただきたいとの配慮もあり……」
「デイモンドさん、私のことでしたら大丈夫です。きっとこのお屋敷も掃除をすれば、住み心地は良くなると思います!」
にっこりと笑った私を見て、デイモンドさんはどこか複雑な顔をしている。けれど、どうやら姉ではないことを不審に思ってはないようだ。
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