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バルシュ辺境伯と路地裏で①

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 さかのぼること一年前。

 王都に出てきたばかりの私は、ある物を探して路地裏にいた。侍女のシェナを騙すようにして離れ、一人で行動する。

 それまで住んでいた田舎の領地と違い、王都の道は入り組んでいる。気がついた時には、貴族令嬢が足を踏み入れてはいけない地域に立っていた。

 ――どうしよう、迷子になっちゃった……

 町娘のような服装をして、髪の色を黒く染めている。けれど上品な所作から、どうしても金持ちの娘と思われていた。帽子を被っていても、柔らかい髪がふわふわとはみ出している。

 それでも言われた特徴の店を探していると、道がだんだん狭くなっていく。戻ろうと思い振り返ると、前方を阻むように男たちに囲まれてしまった。

 怪しげな男たちに目をつけられた私は、どこにも逃げることができず追い込まれてしまう。

「ひっ、ひひっ。この白い肌、いいところのお嬢さまかなぁ」
「見ろよ、可愛らしい口をしているぜぇ」

 舌なめずりをした男たちは、今にも襲い掛かろうとしている。

「や、やめてください……私、探している所があるので、道を開けてください」

 目の前を塞がれ、壁を背にして恐ろしさで声も小さくなる。男たちは下卑げびた笑いを見せながら、近寄って来た。

 両手を胸の前で握りしめ、震えを見せないようにするけれど、私が男たちを怖がっているのは明らかだった。

「なぁ、俺達がその店を教えてやるよ」
「い、いやっ! 触らないで」

 腕が伸ばされ肩に触れようとしたその時、たまたま通りかかった背の高い男の人が声をかけた。

「おい、そこの者たち、娘は嫌がっているぞ」
「なんだよ、お前は……っ、ひっ」

 怪しげな男たちは背の高い方の顔を見て、一様に「ひっ」と身体を縮こませる。まるで自分より強い獣に目をつけられた動物のように態度を変えるが、ひとりだけ抵抗をするように話しかけた。

「こ、こいつは俺達に道を聞いてきたんだ……あんたには関係ないだろうっ」
「そうなのか?」

 低い声が頭の上から降ってくる。私は助けて欲しいと顔を上げると、背の高い男性の顔は黒い靄がかかっていた。それもありえない程の量だ。

「えっ」

 これまで見たこともないほど濃くて黒いもやもや。あまりにも凝縮しすぎて、顔の造形がわからない。こうなると疲れというよりも、呪いか何かを受けているようだ。

 私が驚いた顔を見せた途端、男が手を伸ばしてくる。思わず「嫌っ」と言ってその手を払うと同時に、背の高い方が私の身体を守るように間に入った。

「娘はお前たちに、触れられたくないようだな」

 低い声を発しながら、彼は男の肩を掴んだ。その素早い動きに、怪しげな男たちは動きを止める。同時に圧倒的な強者のオーラを浴び、睨まれたカエルのように震えあがった。

「わ、わかったよ……こいつのことは何にもしていねぇから……見逃してくれよ」

 両手を上げて降参のポーズをした男たちは、後ずさりしていく。それほどまでに、背の高い男は恐怖心を彼らに与えていた。

「お前たち。一つ聞くが、――の魔女のことを知っているか?」
「魔女だって? いや、知らねぇな」
「そうか、では行くがいい。この場に留まるというなら、余罪を吐くまで聞いてやろう」

 背の高い方が一睨みしただけで、男たちはサーっとその場を去っていく。どうやら身の危険を察知する能力は高かったようだ。

 怪しげな男たちが去ったのを見て、私はホッとして胸に手をあてる。すると背の高い方は振り返って私に声をかけた。

「ここはあなたのような令嬢には危険な地域だから、早く行きなさい」

 身近で見ると、かなり大柄な男性だ。着ている服はシンプルだが上質な生地を使った軍服のようで、高貴な地位であることを思わせる。背筋を伸ばして立っている姿は威厳があり、見る者を圧倒する。

 相変わらず顔は靄がかかっているため見えないが、助けてくれたお礼を伝えなければと勇気を振り絞って微笑んだ。

「あの……助けてくださり、ありがとうございました。」

 すると彼は「うぐっ」と喉を鳴らして戸惑っている。

 えっ、何かおかしなことをしてしちゃったのかな……と見つめていると、男性はポツリと言葉を零した。

「私の顔が怖くないのか?」
「怖い? ……いいえ、怖くはありませんが」

 怖いという前に顔が見えない。その黒いもやを取り払いたいけれど、いきなり初対面の人の顔を払うことはできない。

 それにまだ目的の店も探せていないと顔を上げた途端、突然かくんと膝が折れるように倒れ込んでしまう。

「あっ」

 すると彼の腕が私の胴に回り、危うく地面に着く前に抱えこまれる。筋肉質の腕で抱き留められ、心臓がトクンと高鳴るのを聴いた。

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