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結婚の申し込み?②

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 ◆◆◆

「はあっ? お父様、この私が結婚ですか?」
「アミフェ、何をそう驚くことがある。お前もアリーチェも成人したからには、こうした話の一つや二つあってもおかしくはないだろう」

 旅装を解いたお父様は早速私たちを部屋に呼び寄せると、ひとつの証書を差し出した。そこには『ベルカ子爵令嬢と婚姻を結びたい』と記されている。いわゆる政略結婚の申し込みだ。

 だが、そこに書かれた差出人には驚きを隠せない。

 ――ルドヴィーク・バルシュ辺境伯。

 いつ攻め入るかわからない隣国を武力で睨みを利かせ、このシャリアード王国を守っている重要な人物だ。さらに国境には魔物の湧く森があり、常に緊張を強いられている。バルシュ辺境伯の率いる騎士団は、この王国でも最強とうたわれていた。

 現バルシュ辺境伯は父親が早く亡くなったため、幼少期に爵位を継いでいる。そのため若い頃から戦いに身を置き、見る人を震わせるほど恐ろしい顔をしていると聞く。

 濡れ羽色の髪に眼光鋭い黒眼と、容姿端麗であるが故に恐怖を感じさせると専らの噂だった。

「でもお父様。バルシュ辺境伯といえば、全く女性を寄せ付けないという話です。男色疑惑もあるような方から、本当に申し込まれたのですか?」
「ああ、だから何かの間違いかと思って使者に聞いてみたが、やはりお前を娶りたいようだ」
「まさか!」

 姉さまは驚きのあまり口をあんぐりと開く。美人と名高い姉を求める男性は多いが、正式な婚姻となると話が変わる。男性と浮名を流しまくっている令嬢を娶るなんて、相当の覚悟がいるはずだ。

「アミフェをどこかで見かけたのかも知れないな」
「会ってお話したこともないのに。求婚してくるなんて非常識だわ」

 納得がいかないとばかりに姉さまは怒りだすと、お父様をなじるように詰め寄った。

「お父様、私は結婚などしません。以前からそう伝えているではありませんか」
「わかっておる。私も噂のあるお前を娶りたいと、酔狂なことを言う御仁がおるとは思っていなかった」

 お父様も姉さまには手を焼いているのか、既にいろいろと諦めている。ベルカ子爵位は生まれたばかりの幼い弟に継がせればいいと、私達を自由にさせていた。

 それなのに、王族に次ぐ地位にあるといってもおかしくない辺境伯からの申し込みに、頭を抱えている。

「これがアミフェではなく、アリーチェであればなぁ……。お前であれば、辺境伯夫人として立派にやっていけるのだが」
「そうよね、私なんかよりもアリーチェの方が喜ばれるわよ」
「……」

 父親はジトッとした目で姉さまを見た。母親は違えど姉妹のはずなのに、ここまで性格も容姿も違う娘に育つとは思ってもいなかった、という顔をしている。姉さまは姉さまで、父親から何を言われても動じない。

 確かに、私は一年ほど前までは子爵領にいて、後継ぎ娘として教育されていた。将来は婿をとってベルカ子爵領に骨を埋めるつもりでいたから、必死になって学んでいたけれど。それは年の離れた弟の誕生で急変する。

 もう後を継ぐ立場からは解放されて、王都に出てきた私は読書三昧とのんびり過ごしているけれど……。

 戸惑う二人を見ていた私は、覚悟を決めて拳をキュッと結ぶ。大好きな姉さまと、困っているお父様を助けるためだ。

「お父様! 私がバルシュ辺境伯閣下のところにお嫁に行きます!」
「「アリーチェ?」」

 驚く二人を横目にしながら証書を手に持って広げると、よく読むようにと指し示す。

「ここをよく見てください。ベルカ子爵令嬢と書いてあるだけで、お姉さまの名前ではありません。それなら私でも大丈夫です」
「だが……いや、確かにそうだな」

 お父様は考え込むように顎に手を置くと、二人の娘を見た。どちらも十八歳を超え成人している。私は社交界に顔を出していないが、立派に育った娘のひとりだ。

「アリーチェはそれでもいいの? バルシュ辺境伯と言えば、冷徹だと噂されている方なのよ」
「姉さま、それならなおのこと私の方が適任です。この手があれば、疲れを癒すことができるので重宝されると思います」
「まぁ、それはそうかもしれないけど。でも……」
「大丈夫です。私、辺境伯閣下を一度お見かけしていますが、とても素敵な方でした! あの方のところにお嫁に行けるのでしたら、嬉しいです」
「まぁ、そうなの? でもバルシュ辺境伯の領地は遠いから、あなたがいなくなると寂しくなるわ」

 姉さまは私をぎゅっと抱きしめると、頬に豊満な胸が当たった。

「く、苦しいです……お、お姉さま」

 むぐぐ、と唸りながらも姉さまの惜しみない愛情に嬉しくなる。領地にいて弟につきっきりの母親に代わって、王都に出てきた私の世話をしてくれた。いろいろと噂はあるが、私にとっては大切な家族だ。

「アリーチェがよければ、お前の方が何かと心配は少ない。アミフェではないと断られたら、遠慮しないで帰ってくればいい。そうすればこちらの面目は立つからな」
「お父様」

 眉根を寄せつつも、優しい父親は仕方がないとばかりに証書の返事を書き始める。子爵の身分で辺境伯からの求婚をはねつけることなどできないが、せめて娘には幸せになって欲しいのだろう。

「だが、どうして我が家なのだろうな……」

 ぼそりと呟いたお父様は、はぁ、とため息を吐きながら筆を進める。返答には私が嫁ぐことが記され、使者に丁重に渡された。

 こうして私は、バルシュ辺境伯の元へと嫁ぐことが決まった。結婚準備のための婚約期間なども設けられず、身一つですぐに来て欲しいと連絡が届くが、それでも私の意思は変わらない。

 なぜなら私の胸の中には、バルシュ辺境伯が既にいたからだった。

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