ラムネ瓶の底に沈む

ぱぷりか

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ずっと、ずっと

第二話※

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 お互い無言のまま離れまで戻ってくると、視線を合わせない暁人は陸に水のペットボトルを渡してから風呂に入ると行ってしまった。
 少しはアルコールを抜いておいてと言われたので、素直にボトルの中身を流し込んでいく。思い切って誘ってしまったが、本当に大丈夫だったのだろうか。
 内心とんでもない奴だと呆れられているのではないかと、一人きりで座敷に座り込んでいると思考がマイナスに引きずられてしまう。
「お先。陸、一人で入れそうかな。俺も一緒にいこうか」
「いや、だ、大丈夫……です」
「です?」
 首を傾げる暁人の側をすり抜けて、台所の隣にある洗面所に逃げ込む。とにかくアルコールの臭いを落とそうと、手早く服を脱いで風呂場のドアを開けた。
 当然ながら湯は張られていないので、シャワーをぬるくセットして頭からかぶる。たっぷりと泡だてたソープで全身を洗いながら、どくどくと煩い心臓を深呼吸で沈めようと努力する。
 これで良かったのだろうか。思えば二人の関係は暁人がリードしてくれるのが当たり前で、陸が自分から動いたのは別れの時だけだった。好きだと告白してくれたのも、デートの誘いも、一緒に暮らそうと言ってくれたのも、全部暁人からだった。
 そして自分は、彼にはっきりとした言葉を未だに言えずにいる。また曖昧にして彼を置いていくことは、今度こそしたくなかった。
 覚悟を決めようと頬を軽く叩くと、陸は最後の準備をするべく持参した品を取り出した。


 脱衣所兼洗面所を出ると、前でうろうろしていたらしい暁人にドアをぶつけかけた。
 わっと声を上げて飛び退くと、気まずげに視線が逸らされる。記憶の中ではいつも自信満々に見えた暁人の所在なげな態度に、鎮めたはずの心臓がまた騒ぎだしてしまう。
「遅いから……心配したんだよ。だいぶ飲んでたしさ」
「大丈夫だ。水をもう一本もらうな」
「う、うん。どうぞ」
 微妙に緊張した空気の中で水を飲み終えると、もう後がなくなった。そのつもりで誘いの言葉をかけて、風呂に入って準備までして今さらだが、いい年をして走って逃げ出したくなる空気だ。
「暁人、その、無理強いはしないから」
 最後まではしていないにしても、十年前にも何度か肌は合わせた。あの頃の若さは、いまの自分にはもうない。暁人は自分も同じだと言うけれど、それでもこうなると三年の歳の差が重いと感じてしまう。
「あき……」
「もう黙って」
 抱き寄せられてキスをされると、いつも流されてしまう。暁人とは無理だと思ったあの頃から、彼からされるキスだけは別だった。
 いやもしかしたら、暁人の熱に当てられるような、何処か知らないところに連れて行かれるような感覚が怖くて、彼とセックスなどしたら鹿嶋陸という人間が変わってしまいそうで嫌だったのかもしれない。
 自分の絶対者は聡介以外にはあり得ないはずだと、暁人にも惹かれている事実から目を逸らしていたのだろうか。
 触れられることを拒み、とても恋人とは言えない関係を漫然と続け、いつの間にか自分以外の人間に目を向け始めた暁人を理不尽に責めた。
 聡介への気持ちは変わらない。でも暁人のことも愛おしくてたまらない。色の違うこの気持ちを、どう整理したらいいのか分からず悩み続けていた。
 まるで何もかも欲しがる強欲な子どもだ。それでも彼が待っていてくれたから、こうして抱きしめられたら、もう理性も建前も何もかも投げ出して溺れてしまいたくなる。
「っふ……あ、ん」
 こちらの舌を食べてしまいそうな勢いのキスに、飲み込み損ねた唾液が顎を伝って胸に落ちる。暁人の琥珀色の瞳に、欲情してしまっている自分の顔が映っている。
「いこう」
 ついと手を引かれて台所を出ると、布団を敷かれた座敷の灯は枕元のものだけに落とされていた。ごくりと緊張から唾を飲むと、ぐっと腰を抱き寄せられる。
「本当にいいの。始めたら、止めてはあげられないよ」
 最後の選択を迫りながら覗き込む暁人の顔は、陸の記憶に色濃く残る甘さを削ぎ落とした青年のものだ。お互いを傷つけあってばかりいた頃の彼はもう居ない。
 いや、あの時の痛みも苦しさも飲み込んで、自分の言った言葉通りにここを守っていてくれた暁人がここに居るのだ。
「暁人が好きだ」
 真っ直ぐに暁人を見て言えた言葉に、琥珀色の目が揺れるのが分かる。伸ばした手に触れた彼の髪は短くて、くるりと巻いてしまう毛先を弄ぶことは出来なかった。
 思いを込めて目元にキスをすると、ぐっと力強く抱きしめられてから座るよう促される。
 着たばかりの服が引っ張られると、臍から上に向かって舌を這わされる。たったそれだけのことにぞくぞくと腰から背中に震えが走って、縋るように頭に絡めたままの指に力を込めた。
「っ、ん、ンっ、ぅあッ」
 脇から胸筋を掴んだ手に胸の突起を弄られると、意に反してびくっと筋肉がひくついてしまう。くるくると優しく周囲を撫で回したかと思うと、ぎゅっと力を込めて引っ張られ、噛み締めようとしても声が漏れた。
「やめッ、そこ……は、ずかしいから」
 逃れようともがくと、今度は強く吸い付かれて舌と歯でくすぐるように刺激をされる。焦ったいような中に腹の奥がきゅうと締まるような刺激混じり合い、少しずつ高められる感覚に目眩がする。
「も、いっから、はやく」
 じりじりする刺激が逆に恥ずかしくて、先を強請るように下半身を擦り付ける。もっと直接的で、何も考えられなくなる感覚に流された方がいっそ楽だ。
「だめだよ。ちゃんと、ゆっくりするから」
 力を抜いてと優しく囁かれると、その声にとろとろと思考が溶かされる。年上のくせにこんなに甘やかされて、今更ながら恥ずかしいのに、それがくすぐったくて嬉しい。
「ッう、う、そっちは、いっ……から」
 ハーフパンツを下着ごとずり下ろされた下肢が、ひやりとした外気に晒される。緩く立ち上がった性器の先を指でくすぐられて、思わず流されそうになるのをなんとか拒んだ。
 今日はそっちじゃない。そう言うのに、明らかにいかせようとする手の動きに翻弄される。
「やめっ、ん、ンンっ、ッあっ」
「一回出した方が、たぶん力抜けるから。ほら、我慢しないで」
「あ、あ、あァっ、ッう」
 すっかり弱いところを知り尽くされたのか、的確に感じる箇所を刺激してくる手に簡単にいかされてしまう。
 男の快感は基本的に、一気に駆け上がって墜落するように消失する。脱力感の中で一人冷静になってしまった頭が、この状況では逆に辛い。
「十分気をつけるけど、ちょっと急すぎてその、こんな物しかなかったんだ。痛かったり無理だと思ったらすぐに言って」
「わ……かった」
 そう言う暁人が見せたのは、チューブ入りのワセリンだ。
「うわ、ごめん。箱があったからそのまま持ってきたんどけど、ゴムが……あと一個しかない」
「え」
「だ、だからさ、こんなことになると思ってなくて、急に言われてもその、自分でするときは使わない方だし」
 逆さにして振られた箱から出てきたひとつきりのゴムを、思わず手に取ってしげしげと眺めてしまう。
 確かにこれまで触れ合ったときにも、暁人はゴムやローションの類は使わなかった。ある方が色々と安全で便利なのだが、挿入行為をしないなら必須とまでもいかないので気にしていなかった。
「お前、昔は色々と持っていたじゃないか」
「そりゃ昔はね、てか止めてよ。いちおう隠してたじゃん」
「あんな隠し方じゃ、掃除のときに見つけても仕方ないだろう」
「もーーー、と、とにかく、失敗しないようにするから。多分やれる。うん、大丈夫。陸がお風呂に行ってる間にも勉強したから」
「勉強って、初心者でもあるまいし」
 つい余計なひとことを言ってしまい、慌てて口を押さえたが遅かった。
「無神経だった。すまない」
「いや、陸にそっち方面は期待してないから。それより聞き捨てならないけど、俺が初心者じゃないってなに?」
「だ、だってお前、女性相手は経験豊富だし、男とだってその、あるだろう」
「え、女は否定しないけど、男はさすがに未経験だよ。なん……あ、あー、ああ、あの時のね」
 ようやく陸が言いたいことに思い当たったのか、暁人が困ったように頭を掻く。いつまでも引きずって恨み節をするつもりはないが、佳とのことはやはり完全に忘れることは出来ない。
 しかしそれを言うと、こちらも色々と薮蛇だ。なんだか気まずくなってしまった空気に黙り込むと、同じく困り顔の暁人がごめんと小さく呟く。
「信じてくれないだろうけど、佳くんとはさ、そこまではしてないよ。適当に擦って出しただけ。他にも好奇心でデートくらいはした事あるけど、陸以外の男の人には興味持てなかった。それに、お、男同士ってそんな簡単に出来るもんじゃないんだって。だから俺だって色々と我慢してッ、あ、いや」
 乗り出すようにして力説してきた暁人の勢いに、吹き出しそうになるこをなんとか飲み込んだ。
 今さらそんな確証もないことを言われても、変わるものなんてない。そう思うのに、ほんの少しだけあの日に受けた傷が癒されるような、そんな錯覚に陥ってしまう。
「ごめん、なんかあれだよね。今日はもう、止めておこうか」
 ゴムも無いしとふざけて笑う暁人を、腕を絡めて引き倒す。我ながら単純だ。喉に残っていた小骨のような痛みが、じわりと溶けて消えていく。
「無くていい」
 こちらは性行為そのものが十年ぶりという干からびた男だが、なんとか準備もしてきたつもりだ。
 週が明ければ出国までもうカウントダウン。暁人と間を隔てるだけのゴムなんて、いっそ無くて構わない。
「これ、中に塗ったらいいのか?」
 暁人の手からワセリンを取ると、中身を手のひらに出してみる。常温で置かれていた保湿剤は柔らかく、体温に溶かされてすぐに緩くなっていく。
「んッ、っっ」
 恐る恐る後ろにワセリンを塗りこめていくと、弾みで指先が中に入り込んだ。痛みを感じるほどではないが、頭では理解していても身体の方が驚いてしまう。ひくひくと蠢く内臓の動きに怯んでいると、止まってしまった指に添わせるようにして暁人の指が一本入ってくる。
「っあ、ふ」
「大丈夫だから、力抜いて」
「ンぅ、っあ、あ」
 口で言っても上手く出来ないこちらの気を逸らそうと、一度出してまだ萎えている性器を抜きあげられる。直接的な刺激に反射的にのけぞると、ずるりと指が奥に侵入してきた。
 ぬぐい切れない緊張と恐怖心から、短くなる呼吸が耳にうるさい。いっそ無理やりにでもしてくれと無責任なことを思いながら、慣れない感覚を逃すように側にあった枕引き寄せて噛み付いてみる。
「大丈夫、痛くない?」
「ッッたく、な、い、ぅあッ」
 ぐるりと中を拡げるような動きが、一瞬だけ浅い場所にある前立腺をかすめて痺れが走る。
 しかし慣れていないという言葉は本当なのか、暁人の指は数を一本増やしてからも、気付くことなくまた奥を探っていく。
 かつて知ってしまった感覚だけに、じりじりとした焦燥感が中から湧き上がる。そこが気持ちいいと言いそうになって、慌てて歯を食いしばった。
「あっ、ッやぅ、もっあき、とッ」
「もう……ちょっと、ね。はぁ、やっばいな、陸ん中すごい……熱くて、ぬるぬる動いて俺の指に吸いついてくる、エロ……い」
「っひ」
 嫌なことを言うなと抗議したいのに、増やされた指をばらばらに動かされて声も出せない。時折り中から溢れ出てくるのは、塗り込められたワセリンが溶けたものだろうか。
 恥ずかしすぎて耐えきれないと逃げかけると、余計に押さえつけらた。決定的な刺激が与えられないせいか、ドロドロに溶かされていく脳がうまく働かなくなっていく。
 耳元で聞こえる荒い息が、自分のものなのか暁人のものなのか判別がつかない。念入りに解す行為に全身が脱力し、がくがくと足が震え出した所で、ようやく内部を弄っていたものが出ていく感覚があった。
「陸、大丈夫?」
 こちらを気遣うような声がしたかと思うと、大きく割り開かれた奥の奥に、指よりずっと太くて熱をもった肉が擦り付けられる。ぬるぬると何度も入口辺りを行き来するそれに、ぶるりと大きく背筋が震えた。
「っあ、あ、んんッ、ふぅっ」
「りく」
「あ、あき……っと、ぅあ、ああッ」
 ゆっくりと侵入してこられると、異物を拒もうとする腸壁の動きで暁人の形が伝わってくる。深く中に押し入られると、そのままどろどろに溶かされた陸の中身が出ていくようだ。
 なんとか開けているはずの視界は、ぼやけていてよく見えない。すぐ側にあった肩に縋り付くと、強く抱きしめられて暁人の匂いがした。良かったと安心してさらに密着すると、低く押し殺した声がすぐ側から聞こえてくる。
「はっ、い……たく、ないかな。おれ、ちょっと……わけ、わかんなくなり、そ」
「あっ、あ、あ、まっ……て、ふかッい」
 やたらと丁寧に準備を施されたせいか、身体の深くまで入り込まれた感覚が辛い。浅い場所にある前立腺を擦られる快感は知っているが、それとは少し違う、身体の芯から湧き上がってくるような微かな刺激に震えが止まらない。
「りく、うごくッね」
「ッう、ゃ、だめ、まだっだめ、だ、まっ……てぇ」
「うぁ、ッめんごめん……とめらんっない」
「ひぅッ、あ、っひ、あ、あ、ああッ」
 ぐっと両脚を持ち上げられたかと思うと、駄目だと言っているのにさらに深く抉られて息がつまる。折り畳まれるような姿勢を恥じる余裕もなく、閉じられなくなった口から意味をなさない単語と唾液だけが溢れていく。
「りく、りく、かわいい、ッもちいいかな、おれちゃんと、できてるっかな」
「やッ、まっまて、やらっ、あッッめ、だめっ」
「ぅあッ、にこれ、ふっ……んッ」
 ずっと奥にあるなにかを超えられて、たまらず背が反り返って全身ががくがくと震える。入ってはいけない所まで犯された感覚についていけないのに、そのまま深く打ち付けられて声にならない悲鳴が漏れる。
「っめ、ぅあう……っあ、あきッ、あぁっ」
「ん、ッごい、りく、りく嫌がらないで、あっ、もちいい、すごく気持ちいい、りく、すき、すきだッ」
 気持ちが良いのかすらも分からない感覚に翻弄されながら、好きだと繰り返す暁人の顔を引き寄せて唇を合わせる。
 怖いくらい深い場所にまで暁人受け入れて、唾液から体液から全部混じり合ってぐちゃぐちゃにして、こちらも好きだと繰り返す。
 何がなんだか分からなく時間はどれくらいだったのか。ふと飛んでいた意識が戻ると、身体の奥がじわりと濡れるような感じがした。
 直接中に注がれる熱が、恥ずかしいが嬉しい気がしてしまう。こちらを抱きしめて荒い息を繰り返す頭を撫でまわすと、身体を起こした暁人にキスをされる。
 いつの間にこちらも果てていたのか、腹部から自分の精液が伝い落ちていくのが分かった。くらくらと後を引く快感にまだはっきりしていない意識が、ぼんやりとそれを他人事のように感知する。
「ごめん。途中からなんか、わけわかんなくて」
「だいじょ……ぶだ、でも……も少し、こうしてて」
 色々と気にもなるが、まだ全身に力が入りそうにない。汗の浮いている暁人の背中に手を回すと、顔中のあちこちに唇を押しつけられる。
 嬉しいと小さな声で言われて、不覚にも泣きそうになった。
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