太陽と月

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朔也の葛藤

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翌朝、いつもと同じ時間に家を出る朔也を玄関で陽と咲恵が見送ってくれる。
いつの頃からか始まった朝の儀式は、「待ってる」と言う陽の額に朔也が口づけると言うカップルや新婚夫婦の間ではありがちなものだった。
もっとも朔也からすれば、その当事者に自分がなろうなどと想像したことすらなかったのだが。

今日も今日とて朝の儀式を済ませ組事務所に車が寄せられた瞬間にエントランスでは若衆の先頭に吾妻の姿が確認できた。

昨夜、話があるとメッセージを送っておいたからだろう。陽が眠った後、吾妻に電話をすればよかったのだが、万が一にも陽の耳には入れたくない内容だったのだ。

吾妻と2人、執務室に籠った朔也は

『維新、午後は体空くよな?』

つまりは空けろと、午後は付き合えと言っているのだ。それにしても仕事では下の名前で呼ぶことはない。
プライベートな用事で付き合わせようとしているのかと考えれば

『陽くんに何かあっあのか?』

幾分前のめりになるのは仕方あるまい。吾妻とて陽のことは常に気にかけているのだから。

『あー  まぁ、陽に関係あるような無いような…』

珍しく歯切れの悪い朔也に眉を寄せる吾妻の脳内は忙しく回転し始めた。
陽は育ってきた環境が環境だった為、体が丈夫ではない。つい10日程前にも熱を出し佐伯の世話になっている。
それとも実母である長谷美由紀に何かあったのか。実父を名乗るも烏滸がましい前田達也のことなのか。
いや、長谷美由紀や前田達也のことであれば、朔也はこんなにも言葉に詰まるはずなどない。

『朔也  何があった?』

そこで朔也がことの顛末を白状したことで吾妻はホッと胸を撫で下ろす。と同時に呆れのような怒りのような感情も沸き上がる。

『それで、お前は俺に風俗に付き合えと?』

中坊の連れションでもあるまい、とも思うのだが実際朔也に単独行動をさせる気はない。
朔也の身に危険が及ぶ可能性も高いが、この若頭、命を狙われれば倍返しをする輩なのだ。後処理が面倒なことこの上ない。吾妻が同行することで厄介事が避けられるのであれば、それに越したことはない。

『わかった』

了承し、吾妻は自身の執務室へと向かった。護衛に麻生と他何人か腕の立つ者を連れて行けば良い。
風俗店には予め連絡しておけば、少々無理をさせてもその時間は貸し切り状態で危険は少ない。

『俺は朔也の為に段取りしてるわけじゃねぇ』

朔也の魔の手から陽を守るための手段なのだ。

『まったく』

未成年の陽よりも倍の時間を生きているはずの若頭の方が手がかかるのだ。
それでも、陽と朔也の安寧を守るために費やす時間も労力も惜しいとは思わない。

眉間に皺を寄せながらも、どことなく嬉しそうな表情でスマートフォンをタップする吾妻の表情筋はなかなかに器用だ。生憎吾妻独りの為に用意された執務室では、そのことに気付く人間はいないのだが。
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