太陽と月

違和感の正体

73

朝食を済ませる頃には咲恵が到着し、それを待っていたように麻生がインターホンを鳴らす。

ハッカーに監視されているのではないかと疑いたくなるほどのタイミングだが、咲恵は朝食の時間を把握しているからであり、麻生は20分程前から駐車場で待機していたのだ。昨夕、吾妻から言いつけられた通り咲恵の姿を確認して程なくインターホンを鳴らしたと言うだけ。
種も仕掛けもないのだが、妙な被害妄想を抱きかねない朔也は、それほどまでに陽と離れたくない。

『仕事が片付いたら、すぐに帰ってくるから』

待っていてくれるか？

昨日から何度となく繰り返された遣り取りだ。
陽も同じ言葉を繰り返す。

『待ってる』

隣で聞いていた咲恵は柔らかな笑顔で陽の頭を撫でるが、朔也も咲恵も気付いていた。

何かに耐えるように拳に力を入れている陽に。胸が痛む光景だが、陽が確かに「寂しい」と言う感情を持てたことに安堵する何とも複雑な心境だ。

『咲恵さん、あとをお願いします。陽、行ってきます』

後ろ髪引かれる思いで麻生が開けたドアを出る。エレベーターに乗り込んだ所で知らずに詰めていた息を浅く吐き出した。

今日はリビングで過ごせるだろうか。きちんと食事を摂れるだろうか。
明日は朝から子供医療センターに向かうことになる。今夜は早く眠れるといいが、朔也が帰宅するまで眠れないかもしれない。

様々なことに気を揉む朔也は、さながら初めて幼稚園に子供を預ける保護者のようだった。

常に陽のことを考えながら、それでも瑕疵なく仕事をこなす朔也が事情を知らない者の目には普段と変わらないクールでドライな経営者として映っただろう。

家を出る前に陽の様子を逐一報告するよう楠瀬に命じ、メッセージアプリでリアルタイムにレポートが上がってくる。
朔也が家を出てから、すぐにはリビングに足を向けることはできなかったようだが、咲恵に言い含められリビングで折り紙を始めたこと。
時折、玄関の方を気にする様子があること。
そして、やはり明らかに食事量が少ないことなどが詳細に報告されてきた。

朔也が全ての予定をこなし帰路についたのは22:00を回っていた。
楠瀬からの報告では、ソファで船を漕ぎ出した陽に咲恵が入浴や就寝を促すのだが、頑として受け入れないのだと言う。

「待ってる」

拙いながらも陽なりに、その約束を果たそうとしているのだろう。
首都高の事故渋滞でもどかしい思いを抱えつつ帰宅できたのは23:00を回っていた。

咲恵が帰宅した後は、鹿島と楠瀬が陽をサポートしていたのだが、ソファで小さな塊に毛布がかけられていた。

『2人は下がっていいぞ』

陽との時間を楽しむべく、小さな身体をソファから抱き上げれば、ほんの少し目を開けたが、朔也の姿を確認すると安心したように再び寝息をたて始めた。