太陽と月

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始まった日常

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『トイレ?陽くんが?』

蒴也がどんな意図を持って聞いているのか、掴みかねているのだろう。
咲恵が何を答えていいのか戸惑っているのが見て取れる。

『あっ、いや』

陽は「おしっこ宣言」をすると蒴也と手を繋ぎトイレに向かう。昨日もそうだったのかと聞いてみれば

『あ、そう言うことね』

蒴也の変態臭い思考になど全く気付いていないのだろう。
「おしっこ宣言」の後は迷うことなく一人でトイレを済ませていたと言う。
それを聞いて大きく息を吐いた蒴也に、咲恵はトイレの失敗で陽がパニックを起こさなかったかを聞きたかったのだと優しい勘違いをしてくれたのだ。

『トイレの失敗はなかったわよ』

だから、パニックも起こしてはいないのだと。

『あ  あぁ、それなら良かったです』

取り繕った笑顔に違和感はないはずだ。
大丈夫。陽のあられもない姿は誰にも晒さずに済みそうだ。
しかし、昨日は咲恵が入浴のサポートもしたと言っていた。

『お風呂は?一人で?』

何かを思い出すように頬に手を当てた咲恵は

『お風呂は』

シャンプーとボディソープがわからなかったみたいね。
髪の毛が長いから自分では綺麗に洗えていなかったけど、体は背中以外の手の届く所は自分で洗えてたわよ。最終的には手伝ったけれど。

やはり、と思う。
咲恵は陽の裸を見ているのだ。
いや。陽が一人で入浴するのは難しいとは解っていた。だからこそ、生活のサポートを咲恵に依頼したのだ。
しかも蒴也とは違い、咲恵自身は爪の先ほども邪心など持たずに入浴のサポートをしたはずなのだ。

でも、と思ってしまうのは己の狭量さ故か、執着心の強さ故か。
いずれにしても、咲恵に感謝こそすれど責める理由など当然ない。ないのだが遣り場のない不快感をどう扱えばいいのか蒴也には検討も付かなかった。

如何せん30年生きてきた蒴也が初めて持った感情だったのだから。

『風呂はできる限り俺が入れます』

昨日は不在で手間を掛けたと咲恵に頭を下げれば、柔らかな視線を向けられる。純粋に咲恵への配慮だと受け取ったのだろう。

『そうね。その方が陽くんの為になると思うわ』

慣れれば一人で入れるようになるはずだし。でも、無理な時は言ってね。

とは言われても極力それは避けたいです。喉元まで出かかった言葉を飲み込み

『ありがとうございます』

再び頭を下げれば、咲恵は嬉しそうに笑っていた。

陽の健やかな成長だけではなく、蒴也が保護者として成長していくことにも、心を砕いてくれるのだろう。
蒴也本人は保護者失格どころか接見禁止命令が出されてもおかしくないほどの不純な想いを抱いていると言うのに。

己の汚れた思考に辟易としながらも、この先陽の素肌は誰にも見せまいと強く誓った蒴也だった。
陽のことを大切に思っているのは本当なのだからと、会ったこともない神様に懺悔した。
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