太陽と月

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駐車場で待機していた麻生の運転で蒴也と吾妻は組事務所へと向かった。

組事務所には何人かの幹部と組員達が交代で常に待機しているのだが、今はその人数がいつもより多い。
平時の倍、50人前後と言ったところだ。

先程吾妻にかかってきた電話が、その理由であることは明白だ。

蒴也のマンションを出てすぐ、辰星会の工藤から吾妻に連絡があったのだ。

『篠崎が逃げた』

漁港に居合わせた炎星会の組員は全員拘束されたのだが、帰路の車中で後ろ手に拘束されていたはずの篠崎が、どこに隠し持っていたいたのか刃物で己の拘束を解き、同乗していた辰星会の組員を切りつけたと言うのだ。
運転手も頸動脈を切られ、篠崎は暴走する自動車から転げ落ちるように降り、行方を眩ましたのだと言う。

篠崎は逃げ出した近辺で潜伏しているのか、若しくは既に都内へと向かっているのか。

『申し訳ありません。至りませんでした』

電話の向こうで謝罪を重ねる工藤だが、大任を果たし油断があったのは確かだろう。
しかし辰星会の組員も負傷しているのだ。
吾妻は、工藤を責める気にはなれなかった。
甘いと言われようが、今回の失態を誰よりも重く受け止めているのは工藤本人だろう。それを責める必要など露ほども感じなかったのだ。そして、それは蒴也とて同じだった。

篠崎が行方を眩ました現場に何人かの組員を残し、捜索を指示してはいるが、篠崎が既に都内へと戻ろうとしているなら、創世会や明星会を危険に晒すことになる。
己の恥よりも、それを優先した工藤に礼を言い、静かに通話を終えた。

『相変わらず風間さんは予言者のようです』

吾妻の独り言のような呟きに、後部座席の蒴也も大方の動静を察したのだろう。同じように呟く。

『頭が上がらねえな』

だからこそ、と思う。風間が誰よりも早く出してくれた警告を無駄にするわけにはいかない。明星会も創世会にも一つの傷もつけずに篠崎を抑えなければならない。

組事務所では、既にハッキングを生業としている組員が何人かパソコンに向かっている。
篠崎が逃走した道路周辺と各高速道路の監視カメラの映像を解析しながら、篠崎の足取りを推察しているのだ。
狭い車内で刃物を使ったのだ。返り血を浴びていれば身一つで逃走した篠崎が新幹線を利用することは考え難い。となれば自動車での移動と言うことにはなるのだが、どのルートで、どこに向かい、どんな自動車で逃走しているのかもわからない状態で闇雲に探すのであれば、膨大な手間を費やすこととなる。
しかし、明星会の先鋭的なハッカーにかかれば、事情は変わる。

『篠崎が逃げた近くのコンビニでミニバンが1台盗まれたようです』

警察内部のシステムに侵入し、自動車の盗難情報を引き出したのだ。盗難に遭った自動車の情報を共有したハッカー達は、いとも簡単に高速道路上の監視カメラから盗難車であるミニバンを探しだした。

その自動車に篠崎が乗っているのかどうか、慎重に解析を進め、同乗者はなく篠崎自らが運転していることまでを突き止めた。

『さて篠崎、お前はどう動く?』

監視カメラの不鮮明な映像を映し出すモニター越しの篠崎を、蒴也は何の感情もなく酷薄とも取れる表情で見ていた。
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