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内乱の火種
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創世会本部を後にした吾妻は、麻生の運転で一度組事務所に戻った。
早々に中野咲恵の調査結果が上がったと言う連絡があったからだ。
調査結果は佐伯から聞いていたものと齟齬はなく、夫の中野保夫の生命保険と退職金、そして自身の退職金で金に困っている様子もない。
早く蒴也に知らせてやった方がいいだろう。
電話ではなく、会って直接聞かせてやりたい、と言うのは言い訳か。
吾妻自身も陽の状態が気になるのだ。
調査結果を手に、再び麻生の運転で今度は蒴也の自宅マンションへと向かう。
だが、その前に
『麻生、飯喰っていくぞ』
なんだかんだと、食事の時間も満足に取れずにいたのだ。
それでも、ゆっくりと食事を楽しむ気にはなれず、組事務所近くの早くて安くて旨いが謳い文句のチェーン店で牛丼を掻き込み、目的の場所へと急いだ。
マンションの駐車場で、そのまま麻生を待たせ、蒴也の部屋の玄関を音もなく解錠する。
それでも気配に聡い蒴也には吾妻が訪れたことなど、すぐに気付かれているはずだ。
部屋の主の出迎えなどなくても、ズケズケとリビングまで足を進めれば、そこから見えるキッチンには、重湯を温めた跡と使った茶碗が置かれている。
吾妻から安堵の溜め息が出る。陽が目を覚まし重湯を口にしたのだろう。
ゲストルームを覗けば、体を起こした陽とそれを温かく見守る蒴也がいる。ヤクザの家とは思えないほどの柔らかな空気に包まれた2人に吾妻は声をかけていいものかと迷う。
それは、ほんの一瞬の躊躇いだったが、当然蒴也にも陽にも吾妻の姿は見えているわけで、蒴也が吾妻に顔を向ける。
『少し前から、こうして起きているんだ』
人間が体を起こし座るとは、ごくごく当たり前のことなのだと考えるのは珍しいことではない。
それでも陽がそうしているだけで、蒴也にとっては特別なことのように感じられるのだろう。
今は蒴也も吾妻も裏の顔を見せるべき時ではない。
『蒴也、風呂に入ってこい』
その間ぐらい陽を俺に任せてくれるだろう?
そこまでを言わなくても、スツールから立ち上がった蒴也は足早に浴室へと向かう。
僅かな時間であっても陽から離れ難いのだろう。吾妻は苦笑しつつも蒴也と入れ違いにベッドの脇に腰を下ろした。
『陽くん、僕は吾妻。吾妻維新だ』
相変わらず反応のない陽に話しかける。熱が下がり自分の口で水を飲み、重湯を食べることができたせいだろう。
ここに運び込んだ時とは別人かと思うほど顔色がいい。
顔色がよくなれば、元々綺麗な陽の顔は春の始めに開花するミモザの可憐さを連想させる。
15歳の少年を形容する言葉としては些か違和感があるが、その他の言葉以外、吾妻には思い浮かばなかった。
早々に中野咲恵の調査結果が上がったと言う連絡があったからだ。
調査結果は佐伯から聞いていたものと齟齬はなく、夫の中野保夫の生命保険と退職金、そして自身の退職金で金に困っている様子もない。
早く蒴也に知らせてやった方がいいだろう。
電話ではなく、会って直接聞かせてやりたい、と言うのは言い訳か。
吾妻自身も陽の状態が気になるのだ。
調査結果を手に、再び麻生の運転で今度は蒴也の自宅マンションへと向かう。
だが、その前に
『麻生、飯喰っていくぞ』
なんだかんだと、食事の時間も満足に取れずにいたのだ。
それでも、ゆっくりと食事を楽しむ気にはなれず、組事務所近くの早くて安くて旨いが謳い文句のチェーン店で牛丼を掻き込み、目的の場所へと急いだ。
マンションの駐車場で、そのまま麻生を待たせ、蒴也の部屋の玄関を音もなく解錠する。
それでも気配に聡い蒴也には吾妻が訪れたことなど、すぐに気付かれているはずだ。
部屋の主の出迎えなどなくても、ズケズケとリビングまで足を進めれば、そこから見えるキッチンには、重湯を温めた跡と使った茶碗が置かれている。
吾妻から安堵の溜め息が出る。陽が目を覚まし重湯を口にしたのだろう。
ゲストルームを覗けば、体を起こした陽とそれを温かく見守る蒴也がいる。ヤクザの家とは思えないほどの柔らかな空気に包まれた2人に吾妻は声をかけていいものかと迷う。
それは、ほんの一瞬の躊躇いだったが、当然蒴也にも陽にも吾妻の姿は見えているわけで、蒴也が吾妻に顔を向ける。
『少し前から、こうして起きているんだ』
人間が体を起こし座るとは、ごくごく当たり前のことなのだと考えるのは珍しいことではない。
それでも陽がそうしているだけで、蒴也にとっては特別なことのように感じられるのだろう。
今は蒴也も吾妻も裏の顔を見せるべき時ではない。
『蒴也、風呂に入ってこい』
その間ぐらい陽を俺に任せてくれるだろう?
そこまでを言わなくても、スツールから立ち上がった蒴也は足早に浴室へと向かう。
僅かな時間であっても陽から離れ難いのだろう。吾妻は苦笑しつつも蒴也と入れ違いにベッドの脇に腰を下ろした。
『陽くん、僕は吾妻。吾妻維新だ』
相変わらず反応のない陽に話しかける。熱が下がり自分の口で水を飲み、重湯を食べることができたせいだろう。
ここに運び込んだ時とは別人かと思うほど顔色がいい。
顔色がよくなれば、元々綺麗な陽の顔は春の始めに開花するミモザの可憐さを連想させる。
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