14 / 197
出逢い そして救出
14
しおりを挟む
佐伯を見送り、執務室に戻った吾妻は、フロント企業から上がってきていた書類に目を通す。
急を要する物だけをピックアップし、吾妻の裁量で済ませられるものには、その場で全て対応し、蒴也案件のものは鞄に仕舞う。
『こんなもんか』
普段は吾妻の運転手を務める麻生は佐伯に付けてしまった。炎星会が薬物の取引に集中しているであろう今は身辺に危険は少ないはずだ。そう結論付けた吾妻は、自ら愛車のハンドルを取り蒴也のマンションへと向かうことにした。
普段は舎弟に任せてしまうような買い物を久しぶりにしてみたくてコンビニに立ち寄る。
何年か前までは蒴也と2人、コンビニで酒や肴を買い込んでは朝まで飲み明かしたこともあった。
若頭と若頭補佐となってからは互いに多忙で、そんなこともできなくなったのだが。
立場上、行動を共にする時間は増えたが以前のように馬鹿なことをする時間はなくなってしまった。
『でもな』
今は蒴也のマンションの冷蔵庫にビールもシャンパンも山ほど用意されている。アルコールの類いは買い込む必要はない。
生ハムとチーズを籠に入れ、レジに向かおうとするとデザートが陳列された冷蔵庫が目に入る。
菜々子が幼少の頃、熱を出すとゼリーを欲しがったことを思い出す。
あの少年も目を覚ましたら何か食べられるのだろうか。
そうなれば、これだけでは足りない。何種類かのデザートとアイスクリーム、紙パックのお茶とジュースを次々に籠に入れ、最後はレトルトのお粥までをも籠に放り込んだ。
少年が目を覚ました時、何か食べられるといい。
そんな思いで会計を済ませた。
マンションの地下駐車場に車を入れ、思いの外大きくなってしまった買い物袋と蒴也案件のつまった鞄を提げ、蒴也の部屋へと向かった。
静かにリビングへと入れば、蒴也がゲストルームから顔だけ出した。
『蒴也、何か食べろよ。どうせ何も食べてないんだろ?』
思わず声が小さくなるのは、少年をゆっくりと休ませたいからだろうか。
リビングから続くゲストルームのドアをほんの少し開けたまま、疲れた様子の蒴也がソファに腰をおろした。
『一度も目を覚まさないんだ』
高熱に魘されているのだ。それも仕方ないだろう。それは蒴也とてわかっているはずなのに。
それでも不安が募るのだろう。長い付き合いの中で、こんな蒴也を見たことはなかった。
『覚悟はあるのか?』
短く問えば、蒴也は力強く頷く。
『だから連れて帰ったんだ』
蒴也は顔を見たこともない隣室の少年に恋をしていた。自身でも気付かぬうちに初恋を経験したのだ。
『まだ何もわからないんだぞ』
言わずもがな。今はわからないことがわかったとしても、わからないままだとしても蒴也は少年を離さないだろう。
『だから俺が護りたい』
この場合、一目惚れとは言わないだろう。まだ見ぬ相手に恋心を抱いていたのだから。
泣く子も黙る明星会の若頭も焼きが回ったものだ。
いつもは鷹揚自若を絵に描いたような蒴也を、ここまで翻弄する少年の正体はいったい何者なのだろう。
もちろん不安がないわけではないのだが、人間らしい蒴也を見ることが、吾妻にとっては嬉しいことでもあった。
急を要する物だけをピックアップし、吾妻の裁量で済ませられるものには、その場で全て対応し、蒴也案件のものは鞄に仕舞う。
『こんなもんか』
普段は吾妻の運転手を務める麻生は佐伯に付けてしまった。炎星会が薬物の取引に集中しているであろう今は身辺に危険は少ないはずだ。そう結論付けた吾妻は、自ら愛車のハンドルを取り蒴也のマンションへと向かうことにした。
普段は舎弟に任せてしまうような買い物を久しぶりにしてみたくてコンビニに立ち寄る。
何年か前までは蒴也と2人、コンビニで酒や肴を買い込んでは朝まで飲み明かしたこともあった。
若頭と若頭補佐となってからは互いに多忙で、そんなこともできなくなったのだが。
立場上、行動を共にする時間は増えたが以前のように馬鹿なことをする時間はなくなってしまった。
『でもな』
今は蒴也のマンションの冷蔵庫にビールもシャンパンも山ほど用意されている。アルコールの類いは買い込む必要はない。
生ハムとチーズを籠に入れ、レジに向かおうとするとデザートが陳列された冷蔵庫が目に入る。
菜々子が幼少の頃、熱を出すとゼリーを欲しがったことを思い出す。
あの少年も目を覚ましたら何か食べられるのだろうか。
そうなれば、これだけでは足りない。何種類かのデザートとアイスクリーム、紙パックのお茶とジュースを次々に籠に入れ、最後はレトルトのお粥までをも籠に放り込んだ。
少年が目を覚ました時、何か食べられるといい。
そんな思いで会計を済ませた。
マンションの地下駐車場に車を入れ、思いの外大きくなってしまった買い物袋と蒴也案件のつまった鞄を提げ、蒴也の部屋へと向かった。
静かにリビングへと入れば、蒴也がゲストルームから顔だけ出した。
『蒴也、何か食べろよ。どうせ何も食べてないんだろ?』
思わず声が小さくなるのは、少年をゆっくりと休ませたいからだろうか。
リビングから続くゲストルームのドアをほんの少し開けたまま、疲れた様子の蒴也がソファに腰をおろした。
『一度も目を覚まさないんだ』
高熱に魘されているのだ。それも仕方ないだろう。それは蒴也とてわかっているはずなのに。
それでも不安が募るのだろう。長い付き合いの中で、こんな蒴也を見たことはなかった。
『覚悟はあるのか?』
短く問えば、蒴也は力強く頷く。
『だから連れて帰ったんだ』
蒴也は顔を見たこともない隣室の少年に恋をしていた。自身でも気付かぬうちに初恋を経験したのだ。
『まだ何もわからないんだぞ』
言わずもがな。今はわからないことがわかったとしても、わからないままだとしても蒴也は少年を離さないだろう。
『だから俺が護りたい』
この場合、一目惚れとは言わないだろう。まだ見ぬ相手に恋心を抱いていたのだから。
泣く子も黙る明星会の若頭も焼きが回ったものだ。
いつもは鷹揚自若を絵に描いたような蒴也を、ここまで翻弄する少年の正体はいったい何者なのだろう。
もちろん不安がないわけではないのだが、人間らしい蒴也を見ることが、吾妻にとっては嬉しいことでもあった。
10
お気に入りに追加
264
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。


見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています



怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる