4 / 197
出逢い そして救出
4
しおりを挟む
迷うことなく隣室の玄関のドアを蹴破った蒴也は狭い室内を一瞥し小さな浴室に視線を向ける。
未だ続く金切り声と鳴き声がそこから聞こえてくるからだ。
そこに見えるのは目を疑うような光景だった。
鬼の形相か般若の面かと言うような女が金切り声を上げながら、狭い浴室の外まで水が飛び散る程の水圧で男とも女とも見分けがつかない小さな体にシャワーを浴びせているのだ。
普段は冷静沈着を絵に描いたような蒴也の脳内で、何かがプチッと切れる音がした。
シャワーを持った女を片手で放り投げ、浴室の床に落とされた冷水だけが溢れ出すシャワーを止める。
冷水のせいなのか、怯えのせいなのか震える子供の中心を見れば小さいながらも男の証が縮こまっているのが解る。
『吐いた 汚い 美由紀 洗う』
解るような解らないような単語を並べ、少年は意識を失った。
蒴也から遅れること、ほんの数秒で吾妻が部屋に飛び込んだ時には 全身ずぶ濡れの細く小さな少年を蒴也が腕に抱きこんでいた。
『若っ!』
吾妻の声に我に返った蒴也は何かを耐えるような口調で、片付けた荷物の中から毛布とバスタオルを持ってくるよう指示を出した。
冷えきった少年の長い髪と体を丁寧に拭い 毛布で包むと蒴也は少年を横抱きし部屋を後にする。
自身が使っていた部屋に戻ることなく階段を降りれば、既に麻生が周囲に警戒しながらワンボックスカーのスライドドアの前で待機している。後部座席に少年を抱いたまま乗り込めば、ほとんど遅れることなく吾妻が姿を現した。
『片付けは終わっています。このまま事務所に?』
蒴也の顔と腕の中の少年を見比べながら吾妻が問う。
『いや、1度自宅に戻ってくれ』
蒴也の考えを正確に汲み取ったのだろう。
吾妻は助手席に乗り込み、運転手に指示を出すと後部座席の蒴也を振り返る
『麻生が気を回して外で待機していたから良かったようなものですが、一瞬でもお一人での行動は謹んでください。』
蒴也とて今が危険な時期であることは承知している。しかし、この腕の中にいる少年を、あの異常な空間から一刻も早く切り離したいと思ったのだ。
そうは言っても、得たいの知れない少年を同乗させたことに何も言わない吾妻は、何を考えているのだろう。優秀な若頭補佐は、直ぐに答えをくれる。
『再度調査致します。』
しかし、アパートの部屋を借りる前に隣室のことは調べているはずだ。
『申し訳ありません。隣の部屋に子供がいるなど、全く把握できておりませんでした。私の調査不足です。』
蒴也とて、そこを責めるつもりはないのだが、吾妻は己が平身低頭することで蒴也の行動に、気持ちに寄り添うことを示してくれる。
付き合いの長い補佐役は、常に一番の理解者でもある。
運転席には一介の組員もいる中、立場上ここで蒴也が吾妻に謝罪の言葉をかけるべきではない。それは蒴也も吾妻も理解している。
だが、吾妻に限って調査不足など考えられない。表からも裏からも綿密な調査をかけているはずだ。
それでも存在すら明らかにならなかった腕の中の少年はいったい何者なのだろう。
野生動物並みに勘の鋭い蒴也にさえ危険な臭いは一切感じとることができない。
『そうだな。この子と、あの女のこと、もう一度調べてみてくれ。』
未だ続く金切り声と鳴き声がそこから聞こえてくるからだ。
そこに見えるのは目を疑うような光景だった。
鬼の形相か般若の面かと言うような女が金切り声を上げながら、狭い浴室の外まで水が飛び散る程の水圧で男とも女とも見分けがつかない小さな体にシャワーを浴びせているのだ。
普段は冷静沈着を絵に描いたような蒴也の脳内で、何かがプチッと切れる音がした。
シャワーを持った女を片手で放り投げ、浴室の床に落とされた冷水だけが溢れ出すシャワーを止める。
冷水のせいなのか、怯えのせいなのか震える子供の中心を見れば小さいながらも男の証が縮こまっているのが解る。
『吐いた 汚い 美由紀 洗う』
解るような解らないような単語を並べ、少年は意識を失った。
蒴也から遅れること、ほんの数秒で吾妻が部屋に飛び込んだ時には 全身ずぶ濡れの細く小さな少年を蒴也が腕に抱きこんでいた。
『若っ!』
吾妻の声に我に返った蒴也は何かを耐えるような口調で、片付けた荷物の中から毛布とバスタオルを持ってくるよう指示を出した。
冷えきった少年の長い髪と体を丁寧に拭い 毛布で包むと蒴也は少年を横抱きし部屋を後にする。
自身が使っていた部屋に戻ることなく階段を降りれば、既に麻生が周囲に警戒しながらワンボックスカーのスライドドアの前で待機している。後部座席に少年を抱いたまま乗り込めば、ほとんど遅れることなく吾妻が姿を現した。
『片付けは終わっています。このまま事務所に?』
蒴也の顔と腕の中の少年を見比べながら吾妻が問う。
『いや、1度自宅に戻ってくれ』
蒴也の考えを正確に汲み取ったのだろう。
吾妻は助手席に乗り込み、運転手に指示を出すと後部座席の蒴也を振り返る
『麻生が気を回して外で待機していたから良かったようなものですが、一瞬でもお一人での行動は謹んでください。』
蒴也とて今が危険な時期であることは承知している。しかし、この腕の中にいる少年を、あの異常な空間から一刻も早く切り離したいと思ったのだ。
そうは言っても、得たいの知れない少年を同乗させたことに何も言わない吾妻は、何を考えているのだろう。優秀な若頭補佐は、直ぐに答えをくれる。
『再度調査致します。』
しかし、アパートの部屋を借りる前に隣室のことは調べているはずだ。
『申し訳ありません。隣の部屋に子供がいるなど、全く把握できておりませんでした。私の調査不足です。』
蒴也とて、そこを責めるつもりはないのだが、吾妻は己が平身低頭することで蒴也の行動に、気持ちに寄り添うことを示してくれる。
付き合いの長い補佐役は、常に一番の理解者でもある。
運転席には一介の組員もいる中、立場上ここで蒴也が吾妻に謝罪の言葉をかけるべきではない。それは蒴也も吾妻も理解している。
だが、吾妻に限って調査不足など考えられない。表からも裏からも綿密な調査をかけているはずだ。
それでも存在すら明らかにならなかった腕の中の少年はいったい何者なのだろう。
野生動物並みに勘の鋭い蒴也にさえ危険な臭いは一切感じとることができない。
『そうだな。この子と、あの女のこと、もう一度調べてみてくれ。』
10
お気に入りに追加
264
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる