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プロローグ

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「せやぁぁぁ!!」

 僕は聖剣を力の限り振り下ろす。
 魔王の反応は最早鈍く、剣閃を遮らんと振られた腕は間に合わない。
 僕の腕に伝わる確かな感触。肩にめり込んだ刀身が肉を断ち、血液の代わりと辺りに黒煙が噴き出した。

「ぐおぉ……まさかこの私が……」

 傷口に手を当てて魔王がよろめく。
 魔王とは魔族の王。魔族とは魔力の塊の生命体だ。先程吹き出した黒煙は高密度の魔力。人間の感覚とは違うが、恐らく致命傷――

「……やった!」

 遅れてきた実感と手応えが、全身を震えさせる。
 たった四人のパーティとともに世界を救う旅に出て、三年という月日と幾多の冒険の果てに。
 ――とうとう……倒せたんだ! 魔王を!
 魔王はその場に倒れ伏し、二度と動かなかった。







「よくぞやってくれた、勇者達よ!」
「はい、やってやりました!」

 跪いたままキリと背筋を伸ばし、僕は自信満々に言い放った。横に並んだ仲間たちも同様で、みな誇らしさを溢れさせんばかりに表情を輝かせている。

「これで世界から魔王の脅威は……僅かな間かもしれんが、間違いなく去った。魔王は復活するが、奴は慎重な男。一度自らを討ち滅ぼした御主らが生きている限りその心配はないと考えて良いだろう。王としてではなく、一人の人として貴君らの働きには感謝の念に耐えない」
「いえ、僕たちこそ! 王様が僕たちのことを勇者として認めてくださって、各国に根回しをし宿泊や装備等のサポートをしてくださった恩を忘れることはできません!」
「そうかそうか、そう言ってくれると私も頑張った甲斐のあるというもの」

 王様はニッと白い歯を見せておおらかに笑った。
 王様は旅に出てからのサポートは勿論、僕を勇者として認めることで自由に国々を行き来できるように特権を与えてくれたり、もっと遡れば僕が剣術を習う環境を整えてくれた恩人中の恩人。稀に見る人格的為政者で、とても頭が上がらない。

「さて、私もなにも英雄達を祝うために呼び出したわけではないぞ。英雄達に褒美を取らせようと思ってな。私にできることであればなんであろうと言ってくれて構わんぞ?」

 わっとその場が色めきたった。
 最初に声を上げたのは魔術師のシルフィだ。
 彼女の魔法は杖の一振りで雷の雨を落とし、一息であたりを凍らせる吹雪を起こす。無限に使えるわけじゃないけど単純な破壊力ならパーティでも一番だ。
 パーティに加入するのは一番遅かったけれども、同姓で年齢も僕が16で彼女が14とかなり近いから、僕とは一番仲が良い。

「あの、わたし! 王城にあるという禁書を閲覧したいんです!」
「むぅ? 禁書とはいうがアレはただの王国から葬り去られた闇の歴史。面白いものではないと思うが」
「いえ、わたしは読めない本があるのが許せないんです! 本は読まれるためにあるのに!」
「おぉ、まぁ御主がいいなら勿論、手配しよう。しかし他言無用で頼むぞ」
「ありがとうございます王様!」

 深々と頭を下げるシルフィ。
 続いて、「はい!!!!!」という咆哮と共に戦士のゲイルが手を上げた。
 その見上げるほどの強靭な体躯から繰り出される圧倒的なパワーと巧みな技術から繰り出される鉄壁の防御が持ち味だ。僕の次にパーティに参加したこともあり、ほとんど常にパーティの先頭を走っていた。
 あとほんとに声が大きい。

「俺はデカい家が欲しいですね! 頭をぶつけないくらいの!」
「こうして上から見ていても御主一人だけ縮尺というかスケール感がおかしいからな……たしかに生活するにも難儀であろう。よろしい、用意させよう」
「ありがたき幸せ!!!!!!!」

 ゲイルが床に頭を振り下ろすと、ゴッと鈍い音が響く。横目で見ると、高そうな素材の床が凹んでしまっているようで遠巻きに見ている偉そうな人が青い顔になっている。

「さて……では、ランドゥはどうかな」
「い、いや……僕は神に仕えてるんで、別にそんな無いっていうか……なんか、『褒美のために頑張ったんでしょ?w』みたいに思われるので嫌っていうか……」

 目線を伏してゴニョゴニョと話す男はランドゥ。神に仕える聖職者で頼れるパーティの回復役だけど、元引きこもり。四肢欠損ほどの損傷でも治せることから実力と信仰心は確かなんだけど、性格はかなり終わっていて出身の村ではそれが原因で問題を起こし、殺されかけていた。僕は嫌いじゃないけど。

「お、おう。そうか……では、御主の名の下に教会に寄付をしよう。必ずや恵まれぬ人たちの役に立つと思うぞ」
「…………まぁ、それでいいかな……別に僕の名前とか要らないですけど。目立ちたくないんで……どうせ、中抜きされまくって2割も現場には届かないだろうし……結果金額がショボすぎて寧ろ悪評が轟きそうで……」

 妙な早口で繰り出されるネガティヴ発言に王様が苦笑をする。咳払いを一つしたところで、とうとう僕の番みたいだった。

「最後に、勇者よ。勇者リリアナよ。何か望むものはあるか?」
「……うーん、正直まだ思いつかない……です。ずっと考えてたんですけど、いままで魔王を倒すことしか考えてなかったから……」

 僕は地位とか名誉がほしくて頑張っていたわけではない。寧ろ、しがらみが凄そうでその二つは特にご遠慮したいところだ。ずっと戦ってきたから俗世にも疎い。
 魔王を倒す前なら、一番いい装備とかをおねだりしてたかもしれないけど……。

「そうであるか。では保留でもよいかな? これからは平穏の世。暮らしていくうちに何か出来るかもしれん」
「そんな感じでお願いします、王様!」

 僕が頭を下げると、王様が立ち上がってパンと手を打った。

「さて。改めて、我らの英雄に御礼申し上げる。言うまでもなく、我らの命の恩人である御主らには本来褒賞などで報いるに忍びないほどの恩がある。冠の重みから頭も下げられず、今現時点でこのような形でしか誠意を示せぬことに申し訳なさも感じておる。もし、何かあったらばこの恩に対し必ずや報いてみせると約束しよう。本当によくやってくれた」

 王様がそう締めくくったことで、その場はお開きとなった。部屋を出てパーティのみんなで話しているところに王様の使いがやってきて、僕は一人だけ再度呼び出されることとなった。
 さっきよりも部屋に人が少ない。……というか、僕と王様だけだ。そんなに内密な話なのだろうか。

「功労に対しては褒賞を以て報いなければならない。そしてこの国で最大の褒賞といえば“土地”と“地位”になるわけだ」
「はぁ……」

 王様がそう切り出し、僕の脳内に嫌な予感がよぎった。

「つまりその……リリアナよ。御主にそのどちらもを与えぬとはなんたることかと言う声が臣下から上がってだな。それはもう御主は国家レベルの功労者なわけであるし、与えないと示しがつかないと言われると正論すぎて反論もできず……もう与えることが決定事項になってしまった。望む望まざるに関わらずだ」
「えっ」

 どことなく申し訳なさそうに汗をかく王様。
 僕が地位とか名誉を望む性格ではないとわかっているからか。
 それとも、まだ何か言い残しがことがあるからなのか。
 残念ながら、それは後者だった。

「御主には貴族としての地位と領土を与えることとなった。そして……もうこんなにも来てしまったのだ」
「な、何ですか? それ……」

 王様が懐から取り出したのは、書類の束だった。
 いや……書類じゃない。手紙……?

「有り体に言えば恋文になる。勇者の血を家系に組み込もうとする貴族たちのな」
「こ、恋文っ!?」
「思えば最初からそれが狙いだったのだろう。勇者の血は貴族社会においてとてつもない影響力をもつであろうし、御主本人の武力においても言うまでもない」
「そんな急に言われても……っていうか、僕のことを知らないような人がこ、恋って……おかしくない!?」
「まぁ貴族社会は倫理的におかしいことしかしておらんからな昔から……御主(の功績と力)に惚れましたみたいな話だからな」
「最悪じゃん!? じゃあ僕、結婚とか恋愛とかしたくないよ! よくわかんないし!」
「いやそういうわけにもいかんのだ。勇者という英雄の子孫を遺さないことに反発する声は間違いなく大きくなる。魔王復活という脅威も見えていることだしな……もちろん出来る限りは抑えるが限度があるし、御主の行動にも不自由が生まれてしまうだろう」
「ええ……? めんどくさいね……」

 辟易のあまり地が出まくっている僕に、王様は申し訳なさそうに顔を顰めた。

「本当に申し訳なく思っている。なので御主には婚活をしてもらいたいのだ」
「婚活!?」
「如何にも。御主に言いよる男は数多。その中から本当の愛を探し出し、子をなし、皆にとって最良の結末を掴み取ってくれぃ!」
「い、いやだから! 僕恋愛とかわかんないし……」
「国ぐるみで出来る限りサポートはする! 頼む!」

 誰も見ていないからか、頭を下げる王様。
 そのあとの展開はもう既定路線だった。
 なにせ、ここで断れるようであれば僕は勇者をしていなかっただろうから――。
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