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17話 悪役令嬢は魔力測定でやらかす

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 それから、私とエドは無言で別れた。
 何も言えなくて、エドが先に帰っていくのを待つしかなくて。
 ライラが来て、泥だらけなドレスを見てしこたまに怒られて、人に見られないように寮に帰った。

 寝支度を済ませてベッドで横になりながら、考える。
 今日は大変な一日だったな。
 でも結果的にはアベルとも友達になれてよかった。
 なんと主人公に加えて攻略対象のうち三人と友達になってしまったわけだから、学校生活の出だしは良好だ。
 変わってしまってる先生のこととか気になることもあるし、今日のことが普通の生徒たちにどう捉えてもらってるかもわからないからちょっと怖いけど……
 でもくよくよしてもしかたない。良いことだけ見て前向きにいかなきゃ!

「よし、明日からも頑張ろー!」
「姫様、寝る前に騒がないでください。寮ですよ」
「ごめんなさい……」

 こそこそと掛け布団を被った。








 こんこん、とドアが叩かれて目が覚めた。
 当然のように先に起きていたライラが応対する。

「どなた様でしょうか」
「メイと申します。し、シアンさんは起きておいででしょうか!」

 少しうわずった声で返答が返る。
 メイが部屋にまで訪ねてくるとは意外だ。

「ライラ、開けてあげて」
「かしこまりました」

 扉をあけると、すっかり準備を済ませたメイが立っている。寝巻き姿の私をたしかめると、少し顔を伏せた。

「早かったでしょうか。ごめんなさい……」
「ううん、大丈夫。もしかして登校を誘いにきてくれたの?」
「はい! 同じクラスになれましたので、是非と思って。失礼でなければ……」

 体を小さくして声を細くするメイ。
 臆病な小動物のようだ、かわいい。

「もちろん。準備をしちゃうから、中に入って待っていてくれる?」
「えっ……と、それは……」
「どうかした?」
「いえその……お着換え、とか……」
「私は気にしないけど……」

 ちらりとライラの顔を見ると、小さく首を振っている。
 ダメらしい。

「ごめんなさい。じゃあ少し待っていてくれる?」
「もちろんです! では失礼しますね」

 踵を返して出ていくメイ。
 私はその背中に声をかける。

「ところで、メイ。少し制服にしわが見えるけれど」
「! あの、それは……」

 口ごもるメイ。
 やっぱりそういうことか。まじめなメイが手入れを怠るようなことなないと思ったけど。
 おおかた、昨日教室で助けたことで妙なやっかみが入りでもしたのだろう。
 おそらくメイより上の爵位の貴族のしたことだと思うが、アベルの演説もあまり役に立たなかったらしい。

「外で……いえ、そうね。ライラ。メイについていてあげてくれる?」

 人目があればと思ったが、ライラがついてくれているほうが安心だ。
 私の専属メイドであるライラは非常時には私の威を借りてよいことになっている。

「かしこまりました。ですが」
「わかってる。夜にすれば、問題ないから」

 幸い制服は一人で着られるデザインだから、朝の支度くらいは自分でできる。
 ライラの心配はわかるけど、少し心配症がすぎる。
 ライラが頭を下げて出ていくと、私は自分で支度を始めた。








「っていうことがあったのよね」

 私の話を聞いて、ラグナは苦い顔をした。
 今は昼休み。学校ははじまって間もないので授業はほとんど行われず、校舎の紹介や今後の授業に関する説明が主だった。
 退屈のあまり寝始める人間もいるほどだったが、昼時となれば生徒は皆水を得た魚のように活動し始める。
 窓の外からは喧騒が聞こえるが、私とラグナは誰もいなくなった教室の中で二人、食事をとっていた。
 多分メイやエドは私を捜していると思うけど、ちょっと二人には聞かれたい話じゃなかったからしかたない。

「私やラグナがずっと見ていられるわけじゃないし、どうにかしないとね」
「……なんで俺にわざわざそんな話をする」
「好きなんでしょ。バレバレよ?」

 ラグナが額を抑える。

「……バレバレか?」
「そりゃもう」

 本当はゲーム知識で知っているからというのが大きいのだけど、そういうことにしておいた方が話が早いだろう。
 ラグナは恋愛に疎いし、バレバレといわれたらそうなのかも……と思ってしまったに違いない。

「まあメイは気付いてないし、いいんじゃない。あの子危なっかしいし、私とかラグナがちょっと過保護になっても。私のせいだからっていうのもあるけどね」
「はぁ……でもどうする。相手は俺やメイより立場の上っぽい貴族なんだろ」

 意外なことに、ラグナは理性的だった。
 ゲームのラグナルートではメイをいじめていた悪役令嬢を殺しまくるというバーサーカー的な所業を見せていたのだけど……抑え宥める予定だった私はほっとする反面、なんだか拍子抜けだ。

「あんまり怒らないのね。ちょっと安心」
「俺は結構合理的な方だからな。関係ない奴の前で激昂したりしねぇよ。安心しな」

 ラグナがにこりと笑う。
 私はラグナの笑顔を始めてみた。が、目が全く笑っていないのでもはや不気味だ。
 間違いない。全然怒ってるわこれ……

「……殺すのはだめだからね?」
「やるか!」

 怒られた。
 いや、冗談じゃなかったんだけどな……シアンわたし的には。








 今日は午後から体力・魔力測定だ。
 着替えて運動場に集合すると、先生がグラウンドに残った跡に首をかしげていた。
 足跡や擦ったような跡、微妙に隆起した土、水たまり。どれも私とエドが決闘したときのそれである。本当に申し訳ない。でもお互いへとへとで、とても後処理なんて考えられなかったのだ……
 先生方がささと魔法を行使して運動場を元に戻し、校長先生が生徒たちの前に立つ。

「えー、本日は体力測定と魔力測定を行います。体力測定は男性の方のみ、魔力測定は皆さん行っていただきます。では男性は体力測定から、女性の方々は魔力測定が終わり次第、寮に帰っていただいて結構です。でははじめますので、教員の指示にしたがってください」

 ぱん、と手を叩くと数人の教員が順に生徒を誘導していく。
 属性ごとの六種類の測定があり、自由に回ればいいらしい。
 どうしようか……と考えていると元気な声が背中にかかる。

「シアンさん!」
「メイ。どうしたの?」
「いえ、測定がいろいろあるのでどれから行こうかなって……一緒に回りませんか?」
「もちろんいいわよ。メイの得意属性はなに?」
「光です。シアンさんは?」
「私は闇属性が得意かな。不自由しない程度には全属性鍛えてるけどね」

 魔法には六つの属性がある。ありがちだが、炎・水・風・土・光・闇の六種類。
 だいたい一人一つ特に得意とする属性があって、基本的にはその得意属性を伸ばすことになる。
 でもほかの属性も使えないということはなくて、鍛錬しだいでは得意魔法のそれに匹敵するパフォーマンスを発揮できるようにもなる。

「特に水と土は闇と同じくらい使えるかな……」
「え、凄いですね! 得意属性以外の魔法は鍛えるのも大変なのに、二属性も!」
「まあなんでもできるようになりたかったから。魔法なんて女だとそんなに使いどころもないし、貴族の嗜みみたいなものでしょ? 威張れることでもないかなぁ」

 男だと戦地に赴くこともあり、戦争の武器として使えるのだが女はそもそも戦地に出向かないので使いどころはほとんどない。日常生活で少し便利くらいのもので、あとは少し貴族がお互いにマウントを取る材料にしたりするくらい。
 なのになぜ測るのかといえば、魔力は遺伝するからだ。
 男は戦争で魔法を使う機会があり、なので家系に魔力の高い女性を取り込むことは戦果を挙げて家名を高めることに有効だ。なので女でも魔力をしっかり測っておき、婚活に使うというわけである。

 というわけなので、政略結婚の話すらない私にはほとんど関係のない話で、この魔力測定は無意味に近かった。周りは結婚に影響するとあってすこし殺気立っているが、私は娯楽として参加するくらいのスタンスだ。

「まぁ気楽にやりましょう?」
「はい!」

 私が自然体だったのがよかったのか、メイの肩の力も抜けてきたみたいだ。
 このぶんだとメイは大丈夫。ちゃんと自分のポテンシャルを発揮できるに違いない。
 問題なのは。

「私かぁ……」

 マーテラの王妃から授かった魔力量はほかに比肩するものがないほどで、普通に測定すると目立ちすぎてしまう。
 なのでそこそこの成績を収めたいところだ。

「じゃあメイの得意な、光の測定から行きましょうか」
「了解です! いいところ見せますねっ」

 少し並んで、まずメイの番がくる。
 測定には魔晶石というものが使われる。
 これは適合した属性の魔力を注がれると魔法として変換してくれる出力装置だ。
 例えば炎の魔晶石なら、触れた反対側から魔力の量に応じて炎が吹き上がる。
 今いる光の魔晶石なら、石が眩く光り始めるといった具合だ。

「えやぁぁぁ!!」

 迫力のない声で気合を入れながらメイが魔力を注ぎ込む。
 魔晶石はかなり勢いよく輝いた。懐中電灯より少し明るい位だろうか。
 魔晶石の魔力変換効率は普通に魔法を使うよりかなり悪いので、メイの結果は貴族全体で見てもかなり上等な方だ。

「はい、結構です。次の測定へ向かってください」
「は、はいぃ……」

 魔力という魔力を出しつくしたらしいメイがへなへなと崩れ落ち、這うようにして列から出る。
 周りからくすくすという笑い声が聞こえた。

「何か?」

 私が少し語気を強めて振り向くと、ほとんどの貴族たちは態度をしおらしくし、視線を明後日のほうに逸らした。
 不快にさせた自覚があるなら最初からやらないでほしい。だいたい今笑った人たちは誰も、メイほどに魔力がないだろう。
 ラグナがいなくてよかったと胸を撫でおろす。

 周りを黙らせてから魔晶石の前に立つ。 
 しかし、光は苦手なのよね……
 渾身の魔力を込めてみるが、メイの四分の一も光ってくれない。
 これでは豆電球にも負けてしまうだろう。

「はい、結構です」

 列から出て、ふと男子の方を見てみるとちょうどアベルとラグナが横で一緒に走っているところだった。
 ゴール間際でアベルがラグナを躱し、勝鬨をあげている。
 見たところラグナは全力だった。どうやら単純な身体能力はアベルに分があるらしい。
 エドは見当たらなかったけど、捜さないほうがいいか、と思いなおす。
 エドは身体能力に恵まれていないから、特に私にはあまり見られたくないだろう。

「シアンさん、お疲れ様です」
「お疲れ様、メイ。やってみてわかったけどあれ全然光ってくれないわね。メイはすごいわ」
「えへへ。ありがとうございます!」
「ン”ッ」

 かわいいかよ……!

「ど、どうしました!?」
「ごめん変な声出ちゃった……忘れて……」
「わ、わかりました。えっとじゃあ、次はどうしましょうか?」
「私もいいところ見せたいし、闇に行きましょうか」
「はい! かっこいいシアンさんが見たいです!」

 うっかり本気出しちゃいそう。
 いや、ダメダメ! 目立つのはいいけど、悪目立ちはNGだ。
 そこそこの魔力でもおそらく一番は取れる。周りから尊敬されるくらいのラインが望ましくて、魔力が強すぎて引かれる、恐れられるとかは私の友達計画的に論外である。
 ただでさえ初日は悪目立ちの権化に巻き込まれたのだから……

 さて、そうこうしているうちに闇の魔晶石は人がいなくなっていた。
 得意属性だけやってしまえばいいというずぼらな貴族は多く、教師側も相手が貴族なので強く言うことはない。そしてとりわけ闇属性は得意な人が少ないせいだ。

「さて、と……」

 魔晶石に手を置いてみる。
 弱め……弱め……

 そのとき、私の視界の隅で閃光が瞬いた。
 ごぅっという空気を巻き取る音に、呼応するようにしてすさまじい業火が立ち上った。

「うそぉ!?」

 まるでドラゴンが吐き出すブレスだ。王族並みの魔力がないとああはならないはずなのに
 それに気をとられたのがいけなかった。
 つい力んでしまった私の手からは無際限の魔力が──

「やばっ」

 慌てて手を離したときにはもう遅く、むしろそれは抑えられた闇を抑え込むのをやめたようなことで。
 魔晶石にひびが入り、その割れ目から噴き出した闇は瞬く間に空間を覆う。
 あたりが夜になってしまった。
 私は頭を抱えた。
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