上 下
11 / 21

10話 悪役令嬢は外堀を埋められる

しおりを挟む
「えー、当校はですな。貴族のご子息ご令嬢をおあずかりさせていただくにあたり、さまざまな実績を残し、王家からもその実績を高く評価され続け今日に至るわけなのですが……」

 話が長い!!
 舞台脇でまた校長の長い話を聞かされている。
 ちらっと生徒たちが座っているほうを見ると、どうやらほとんど寝てしまっている。
 もしかして校長は催眠魔法の使い手なんだろうか……
 アベルも、今度は椅子がないので寝られまいと思っていたらなんと立ったまま寝ていた。
 器用なことである。

「シアンさん」

 エドが小声で声をかけてくる。

「どうしたの? あんまりしゃべると先生から睨まれちゃうわよ」
「いえ、この後少し時間を作っていただきたくて」
「それくらいなら全然いいけど……」
「お願いします」

 ?
 なんだろう。
 もしかして、さっきの王子とのことをもっと言及されるのだろうか……怖い。

「では、これを持ちまして学校代表としてのですね。挨拶を終えさせていただきます。次は隣国マーテラからお越しいただきました、シアン・ミラ・マーテラ様からご挨拶がございます」

 校長がその言葉を最後に降壇する。
 私の出番だ。

「シアンさん、頑張ってください」
「ありがとう、エド。次はアベルの番だから起こしておいて」
「いや、起きた。気遣いは無用だ」

 終わった瞬間に起きるなんて、アベルがすごいんだかあの校長がやっぱり催眠魔法でも使っているのか……

「じゃあ、行ってくるわね」

 スポットライトの落ちるステージへと上がると、万雷の拍手が私を招いた。
 驚くほどの歓迎ムードだ。

「わ、すごい……」

 ちょっと感動してしまう。
 こんなに誰かに歓迎されたのは、前世を含めても初めてに思う。
 シアンの立場は微妙で、マーテラでも誰かに歓迎されるということがなかった。
 だから素直に嬉しい。
 マイクなんてものはないので、簡単な風魔法を使って遠くまで声を届ける。
 さんざん練習したその口上を、聞きやすいように、早くなりすぎないように丁寧に。

「ご紹介にあずかりました。シアン・ミラ・マーテラです。ぜひ気軽にシアンとお呼びください。この度はこの学校の校長先生から招いていただく形でこの入学させていただくことになりました。クリスナー王家からも承認いただいており、ここでの経験が両国の親善の懸け橋、その一助になればとも考えています。これから三年間、皆様と勉学、剣術、魔法など、さまざまなことに精力的に励みたいと思います。皆様ともぜひ交流を深めたいと思っており、お声がけしていただけますととてもうれしく思います。私からお誘いすることもあると思いますので、遠慮などはなさらず気軽にお付き合いください。これからよろしくお願いしますね」

 ……よし、噛まなかった!
 ぺこりと頭を下げるとまた拍手が起こる。
 伝えたいことだけを簡潔に。無難な挨拶になったが、反応を見る限りまぁまぁ高評価なはずだ。

「では。お次はクリスナー第二王子、アベル・ディ・クリスナー様からご挨拶がございます。引き続きご静聴をお願いいたします」

 壇上を降りると、今更緊張で胸がドキドキしてきた。こんな大勢の前でスピーチした経験だって2回の人生で初めてだ。頭が真っ白にならなかっただけ自分を褒めてあげたい。

「良いスピーチでしたな」
「ありがとうございます、校長先生」

 反対の方にはけて行ったので、先にスピーチをされていた校長先生と顔を合わせる。

「しかし、次はアベル様のスピーチですか……なんというか、心配ですな」
「彼は破天荒ですし、型破りですからね。少し会っただけですが心配というのは同感です」

 しかし、どうなることやら……
 そういえば、ゲームの時はアベルはどんなスピーチをしたっけ。
 流石にそんな細かいところまでは覚えてないな……ゲームの入学式時点では彼はまだ主人公ともシアンとも会っていないわけだし、あまりキャラに関係するような話はしてなかったはずだけど。

 考え事をしているうちに、どこか大げさな足音を立てながらアベルが壇上に上がった。
 先ほど私が受けた拍手にもまして、激しい拍手が巻き起こる。
 指笛なんてものまで聞こえてくる始末だ。清聴とはなんだったのか。
 というかこの人達、貴族なのにノリが良すぎである。なんだかんだ言っても年ごろということなのか、あるいはアベルが人気なのだろうか。

「ははは、よいよい! 俺のスピーチである! 盛大に盛り上げるがよい!」

 アベルも手を挙げて煽っており、まるで観客を盛り上げるバンドマンのようだ。
 バンドコンサート行ったことないけど。

「うむ。では始めよう」

 生徒たちがシンと鎮まる。
 なんだこの統率……

「先ほど紹介に預かったが、俺はアベル・ディ・クリスナーである。この国の第二王子だ。いまさらと思うものもいるかもしれぬが俺は謙虚なので、すべての国民が自分を知っているなどとうぬぼれぬ故な」

 自分でいうのは謙虚と言い難いのでは……?
 むしろ彼は謙虚さとは程遠いところにいる気がしてならないのだけど。

「うむ。というわけで俺はこの学校で三年間、勉学に励むことになる。生徒として入学したからには同級生は同級生として扱うつもりであって王族貴族平民など関係がないし、先輩は敬おう。まだおらぬが、後輩には良き背中を見せられるよう日々の鍛錬を怠らぬ。みなも今一度、そういう意識を持ってほしい」

 にわかに生徒たちから拍手が起こる。
 つまりアベルは、学生という身分があるうちは身分のことを考えるなと、王族の立場から発言したわけである。礼儀を崩してよいのは地位の高いものが許したときだけ。生徒の中で身分の高いアベルが平等にと言っているのに、それよりも身分が低い貴族が敬語を使え礼儀を重んじろなどと言ったところで他の生徒からは失笑を買うだけに違いない。
 当然高い位の貴族は苦い顔をしているが、アベルは気にもしていないようだ。

「まぁこれは俺から皆への願いだ。今まで貴族とちやほやされ、平民と虐げられていた人間もいように、いきなり変えろと言われても難しいであろう。俺が言いたいのは少なくとも、貴族が平民と普通に話していても後ろ指を指すような真似はやめよということだ。何も無理やりに親しくせよとまでは言うまい。かくいう俺も、すでに平民に一人友人になりたいものがいる。俺の次に、お前たちの代表として挨拶するものだ。それを嗤ったりするようなものがいれば、俺が許さん」

 それはもしかしてエドのことを言っているのだろうか。
 もしエドと仲良くなるためだけに牽制のようにこんな話をしたのであれば、私は嬉しいけど。
 しかし、生徒は早々に説教じみた話を聞かされてどこかうんざりしたような顔をしている。
 アベルの考えは私はいいと思うが、皆に支持されるようなものではないらしい。
 入学式という人生の門出というタイミングの悪さも、それに一役買ったかもしれない。

「ふむ、皆退屈そうな顔をしているな。無理もあるまい。だがこれは俺にとって大事な話なのだ」

 前置きをして、アベルがふぅと息を吐いた。

「……実は俺は恋をした」

 瞬間。
 フロアが熱狂した。

「ええい、鎮まれ鎮まれぃ! 俺も恋愛には初心うぶである。そう盛り上げられては照れるではないか!」

 開いた口が塞がらない。
 あの人、全校生徒教員たちの前で、何を言っているんだろう?
 ちょっと何言ってるかわかんないです。
 脳が理解するのを拒否している。
 ふぅー!! というはやし立てるような声がどこか遠くから聞こえてくるように感じる。

「相手は誰なのー!?」

 女子生徒の一人が質問を投げかけた。
 さ、流石に言うわけ

「いい質問だ。先ほど登壇し挨拶をされていた、シアン・ミラ・マーテラその人である」

 女子たちの黄色い声が歓声に混じる。
 ──いやいやいや!!!

「つまりだ! 俺は王族である! 彼女もまた、王族である! 本来軽率にかかわっていいものではない、だが! この学園中は恋愛も学業も交友も、すべてを身分にとらわれることなく一人の生徒として節度を守り行おうということを俺はここで皆に表明したかったのだ!!」

 アベルが腕を上に突き上げると、さきほどまでとは比べ物にならない歓声がホール中に響く。
 同じことを言っているのにえらい反応の違いだ……完全にしてやられた。
 確かに、アベルはゲームの時でも貴族の中でも位の低い主人公との交流のため、周りの貴族の認識を改めようと奔走するような下りはあった。
 だけどこんな大規模じゃなかったし、あれは互いが両思いであることが前提としてあったイベント。今とはまるで状況が違う。

 これではまるで外堀を埋められている!
 私がアベルの誘いを学内で断ってしまっては、それを見た生徒からの嫌がらせは避けられないことは想像に難くない。それどころか男子生徒と話すことすら怪しい!
 王子の想い人となれば、友達も作りにくい──私の目的から最も外れた展開に、目の前が真っ白になるような思いだ。
 人目がなかったら吐いてしまっていたかもしれない。

 そのとき、制服を着た一人の男が壇上に上がり、熱弁する万雷の拍手を受ける彼へと白い手袋を投げつけた。

「エド……?」

 見たこともないような怒りを取り繕うともせず、体を震わせたエドが、アベルをにらみつけていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

婚約者は王女殿下のほうがお好きなようなので、私はお手紙を書くことにしました。

豆狸
恋愛
「リュドミーラ嬢、お前との婚約解消するってよ」 なろう様でも公開中です。

処理中です...